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歌舞伎町が忘れてはならない記憶-44名の尊い命を犠牲にした歌舞伎町ビル火災(2001年9月1日)、あれから14年。  [その他]

送信者 Shinjuku,Kabukicho 2015


9月1日。2001年この日の未明(午前1時頃)に歌舞伎町劇場通り一番街で起きた44名の犠牲者を出した明星56ビル火災、あの日から14年目が経ちました。現場は歌舞伎町劇場通り一番街(新宿区歌舞伎町1-18-4)、明星56ビルは今はもうなく、ここには低層の飲食店が営業をしています。やむをえないというか、年毎に薄れていく記憶の中でひっそりと、この日も、数人の遺族の方たちが遠くからいらして、現場に花を手向ける姿がありました。働く側の人たちの入れ替わりも早く、また、街で遊ぶ客も働く者も若い歌舞伎町、30歳以下となると、ほとんど知らないか、もしくは漠然とした記憶という、14年の月日が経ったわけで、それもやむを得ないとは思いますが、2001年9月1日に44名の方が亡くなった日本で戦後5番目の大惨事が歌舞伎町で起きた、この事件(事故)のことを振り返っておこうと思います。

◆2001年9月1日未明の歌舞伎町ビル火災◆

20010901歌舞伎町ビル火災現場.jpg

2001年9月1日に東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビル「明星(みょうじょう)56ビル」で起きた火災。44名が死亡し、日本で戦後5番目の大惨事となった。多くの死傷者を出した原因は、ビル内の避難通路の確保が不十分であったためとされる。出火原因は放火と見られているが犯人はまだ不明。(2010年4月の改正刑事訴訟法成立後、公訴時効消滅)

◇新宿区歌舞伎町ビル火災の概要(消防資料による)

1 発生日時等
  発  生:平成13年9月1日(土) 調査中
  覚  知:     〃       01時01分(119番による)
  延焼防止:    〃       02時14分
  鎮  圧:     〃       05時36分
  鎮  火:     〃       06時44分

2 出火場所
  東京都新宿区歌舞伎町1丁目18-4 明星(ミョウジョウ)56ビル
  耐火4階建 地下2階地上4階 複合用途

建築面積 83.07平方メートル 延床面積 497.65平方メートル(建物所有者 (有)久留米興産)
着工    S59年10月 1日 使用検査 S60年11月22日

B2  76.78平方メートル 機械室、ニュークラブレイン
B1  74.60平方メートル カジノパラダイスクイン
1階 82.43平方メートル 風俗店無料案内センター
2階   〃           ナースイメクラ(セクハラクリニック)
3階   〃           ゲーム麻雀一休       
4階   〃           キャバクラ(スーパールーズ)

3 概要
3階麻雀店から出火し、4階飲食店に延焼拡大した。3階80平方メートル、4階80平方メートルで延焼防止。なお、出火時3,4階に多数の逃げ遅れ者がいた。
(特記事項)
屋内階段は1ヵ所かつ狭隘で、3階から4階の階段はロッカーが多数置いてあり、消防隊の活動障害となった。3,4階の階段の防火戸が開放されていたため、火炎の拡散が早かった。 

4 焼損程度
3階部分80平方メートル、4階部分80平方メートル、計160平方メートル焼損

5 死傷者
(1)死 者 44人(男性32人、女性12人)
(2)負傷者 3人(男性3人)

6 消防機関の活動状況
(1)東京消防庁
   救急特別第2出場 救急車 48、火災-第2出場 車両53、計消防車両 101台
    (内訳・救急48、ポンプ・化学25、はしご4、救助6、指揮車6、他12)
   職員 340名 消防団員 21名 計361名
(2)消防庁の対応
 9月1日(土) 
  01時40分 覚知、情報収集開始
  02時00分 第1次応急体制(予防課に災害対策室を設置)
  04時30分 第2次応急体制(消防庁次長を本部長とする災害対策本部を設置)
  05時30分 東京消防庁に予防課職員を派遣
  07時20分 現地に予防課職員を派遣
  09時00分 消防庁長官が現地を確認
  17時15分 第1次応急体制に変更
 9月6日(木)
  16時30分 第1次応急体制解除
7 その他(東京消防庁情報)
  火災原因については調査中

当時建物にいた客と従業員のうち、3階の19名中16名、4階の28名全員の計44名が死亡。3階から脱出した3名が負傷した。ビル3階と4階のセクシーパブ「スーパールーズ」の防火扉が開いていたため、この2フロアに特に煙の回りを速めたこと、また避難をしようとした客と従業員らが屋上に上がろうとしたものの、出入り口を荷物らで塞がれ脱出不能状態だったことなどが被害を大きくした原因とされている。3階ゲーム麻雀店で助かった3名は、事務所の窓から脱出した従業員。また、目撃証言から「4人目」の生存者がいたとされるが、この人物はその後不明。

◇裁判等その後の経緯(民事・刑事訴訟)◇

■民事:2003年2月、ビルのオーナー及びテナントの関係者など6名が消防法違反、業務上過失致死の疑いで逮捕。
明星56ビルは東京消防庁から使用禁止命令が出、さらに犠牲者の遺族がビル所有会社と6被告らを相手取って提訴した損害賠償訴訟の過程で保全処分が出されたため、そのまま残されていた。2006年4月18日、民事裁判について概ね和解が成立したため保全処分が解かれ、その後解体された。ビル管理会社「久留米興産」やビルの実質的オーナーの瀬川重雄被告らとの民事裁判は最終的に2007年3月2日に終決、被告側の支払い総額は約8億6800万円。

■刑事:業務上過失致死傷罪に問われたビル所有会社の実質的オーナー、瀬川重雄ら6被告の判決公判が行われたのは2008年7月2日、東京地裁で開かれた。業務上過致死傷罪に問われていたのは、瀬川、永井両被告のほか、ビル所有会社社長、山田一夫、3階マージャン店の元実質的経営者、伊沢義司▽元同店店長、松元輝二、4階飲食店元経営者、後藤雅之各被告。6被告はいずれも無罪を主張してきたが、一方検察側の主張は「被告らは防火扉の管理や避難経路の確保などを怠り、被害を拡大させた」と主張。瀬川被告に禁固3年、執行猶予5年(求刑禁固4年)、5被告を執行猶予付きの有罪とした。3階マージャン店関係者永井伸二被告は無罪。

2001年9月1日の歌舞伎町ビル火災を契機に、その教訓を生かすべく、その後消防法・火災予防条例等が改正された。2002年10月25日の消防法改正ではビルのオーナーなどの管理権限者は、より重大な法的責任を負うこととなり、防火管理意識を高めるきっかけになった。また、自動火災報知設備の設置義務対象が従来より小規模なビルにまで拡大され、機器の設置基準も強化された。とくに違反是正の徹底として、それまで消防の立ち入り検査にあった時間制限が撤廃され、また措置命令発動時の手続きの簡略化、検査員の権限強化、あるいは違反時の公表、建物の使用停止命令、刑事告発などの積極発動により違反是正を徹底。罰則等も強化され、従来の「懲役1年以下・罰金50万円以下」から「懲役3年以下・罰金300万円以下」に、法人の罰則も、従来の「罰金50万円以下」から「罰金1億円以下」に引き上げられている。

民事・刑事の各訴訟が終わって以降、歌舞伎町ビル火災の遺族会は解散、火災が放火によるものと推定はされるものの、だとしたときの放火犯は未だ捕まってはいません。警察・消防の検証により、出火点は3階階段踊り場東京ガスのガスメーターボックス至近であることは特定されています。が、ガスメーター本体はガス管から外れ、ボックス内の底面に直立した状態で発見されていることから、このガスメーターの状態が問題。故意に外され、放火なのか、外されてた(ガス窃盗)状態で何かしらの故意・過失によるガス漏れに引火、さらにバックドラフトなどその他複合的な要因、など不明確なまま14年経ったわけです。
ビル管理の状態の酷さがこの火災を大惨事にさせた主な要因であることで、ビルオーナーの瀬川重雄が加害者側の中心人物として裁かれたわけです。では、その管理の酷さ故にビルという大きな財産(自身所有の建物)を失うのは当然と言えるかどうか・・ビルオーナーにも被害者的側面があるにも拘らず、未だ”出火”原因が特定されていない、放火かどうかも推定だし犯人の特定すらもできていない、加えて民事刑事両面での責任は巨大、故の、その後の、資産家で逃亡しないビルオーナーに責任を、というのはある種のスケープゴートではないか、という、もやっとした霧中感がずうっと漂ったままということもあわせ、遺族・関係者の気持ちを苦しめている、闇の濃い事件(事故)だなと思います。

8月31日の深夜、今年も数人のご遺族の方たちが歌舞伎町に来られました。そして、明けて9月1日、あの”時刻”を前に、その”場所”に花を手向け、ちょっと笑顔で「また会いにきたよ~」と、亡くされた子どもさん、ご家族に向かって、言葉をかけます。自分もではありますが、少しでも記憶に残そう(とくに街「歌舞伎町」に対し)、そして安全の礎にと、毎年同じ中身であっても、記事・ニュースにしてくれるマスコミの記者たちが数名加わり、手を合わせ、やがて少しの時間ですが、ご遺族の方たちと皆さん混ざって軽く懇談、お茶をしに行ったり、自分には「最近の歌舞伎町はど~お?」と聞かれてそんな話をしたりしながら、亡くなった方たちの思い出話とともに冥福を祈ります。

歌舞伎町ビル火災で亡くなった中村さゆりさん(当時23歳)

中村さゆり.jpg2001年8月31日から深夜またぎの9月1日午前1時ごろ、ビル3階のゲーム麻雀店「一休」のエレベータ付近から出火。第一通報者はその後の調査により、携帯電話の発信履歴から4階「スーパールーズ」従業員の中村さゆりさん(当時23歳、この火災で死亡)と思われる。さゆりさんの遺族(母、すい子さん)によると、遺体は綺麗でやけどの跡はなかったという。被害者のほぼ全員が一酸化炭素による窒息死。写真は亡くなる10日ほど前に足利の自宅にて撮影したさゆりさん。彼女の携帯電話の履歴から、さゆりさんが第一通報者とみられている。1978年生まれ、生きていれば今年で36歳

さゆりさんの実家は栃木県足利市、家業は建築関係の会社。「渡良瀬川に沈む夕日がとても綺麗で、それを見るのが好きだった。でも、公衆電話なんてないわよ~なんて言ってたわ。」とお母さん。さゆりさんは、市原悦子さんのファンだったそうで、女優になる夢を見て東京に出てきた。TVドラマのエキストラの仕事をしながら、しかし火曜サスペンスの湯煙シリーズかなにかの仕事でヌードになる仕事が入ってきたとき「ヌードはイヤ」と断ってプロダクションを転々としたことも。それでも養成所に通い、少ないギャラのエキストラの仕事で緑山のスタジオなんかにも行っていた。なかなか生活費を稼ぐのが大変で、そのため友人の彼氏が店長をやっているという歌舞伎町の「スパールーズ」でアルバイトを始めたと言う。当時、スーパールーズは歌舞伎町では有名な繁盛店のキャバクラだった。当時、さゆりさんには恋人がいて、「彼氏がいるんなら、結婚したら?」という親の声に「女優として自立するまで結婚は考えてないわ。少なくとも30まではね!」なんて言っていたそうだ。

スーパールーズを退店、しばらく実家に戻っていたが、店の方からどうしても人が足りないからと請われ、再びスーパールーズに戻る。そして、その直後、2001年9月1日歌舞伎町ビル火災が発生。火災は3F麻雀ゲーム店「一休」のエレベーター付近から爆発音とともに出火、当時3・4Fの間の防火扉は周囲に置かれた酒瓶やモップ、お絞り等が置かれ機能する状態ではなかったため、火災の炎と煙をこの2フロアに一気に広がった。0:57、4Fのスーパールーズにいた中村さゆりさんの携帯の履歴から、これが第1通報だったと思われる。

「歌舞伎町なんですけど、火事みたいで煙が凄いんですよ、歌舞伎町一番街のスーパールーズ
です。早くきてください、出られない、助けて」 「火事です、今現場いっぱい、4階、もう避難できないんで早く助けてください。10人ぐらい。お願い」(9月1日午前1時前後のビル内からの119番通報)―そして消防隊が到着するも、建物の屋外階段は一箇所、それもロッカー等が置かれ、これが消防作業の障害になり被害が拡大。死者44名(男性32名、女性12名)、負傷者3名。日本で戦後5番目の大惨事となった。さゆりさんのいた4Fには28名の男女がいたが、全員急性の一酸化炭素中毒で亡くなった。

“歌舞伎町が忘れてはならない記憶”―とは書いたものの、遊ぶも働くも若い人の街の歌舞伎町、記憶が風化していく以前に、次第にこのビル火災を知らない人のほうが多くなっていく。14年も経ったわけだから、それはそれで当たり前のことで、どうしようもない気はします。おそらく、近くこの場所も再開発され、あと1~2年後には大きな建物の一角ということになっていくかと思います。

昨年夏から今年の6月頃まで、歌舞伎町ではぼったくり被害が続出しました。ぼったくり店が暗躍するビルは総じて管理が悪い、そこにつけ込む形でぼったくりが増殖、被害が拡大したという一面もあり、当然ながら、そういった建物には、この歌舞伎町ビル火災のような事件・事故がおき得る可能性もある。だからこそ、個人的には、歌舞伎町で事業を営む人たちには忘れない、或いは知っておいてほしい。その他の皆さんは忘れても、知らなくてもいいかもしれない。それよりも、44名の尊い犠牲があって、ルールとして防火防災施策強化が図られてきたことを重く受け止めたいと思います。記憶のあるものはその記憶をつなぎ、この日は二度とこのような悲惨な出来事が起きない、起こさないようにと襟を正す、歌舞伎町にとって9月1日とはそんな日なのです。


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8月30日(日)新宿ゴールデン街納涼感謝祭2015 開催 [イベント]

8月最後の日曜日は、毎年恒例、新宿ゴールデン街納涼感謝祭(15時~23時)。

送信者 Shinjuku,Kabukicho 2015


出だし雨・・からの、日本最大級の酒場イベント?で、今年は参加店は約180店!全店舗の7割弱。今年は、駐車所見世物小屋でプロレスあり、映画祭あり、そして盆踊り、新たな試みにもチャレンジしてるようで、この学園祭ぽいアマチュアな感じがこの街の景色には似合いますね。


ざくっとですが、このイベント、客・従業員・関係者合わせて約5,000人くらいの動員でしょうかね。まあ、昨年もそうでしたが、新宿ゴールデン街のキャパとしては、このくらいがいっぱいいっぱいかな、と見えました。もしこれをさらに大きなイベントにということを思うのであれば、ゴールデン街裏花園神社との間の道(靖国通り側~花道通りまで)を歩行者天国にして、露天やイベントをそちらに拡大でもできたらいいかもしれませんね。四谷警察署と本気で交渉する必要があるかとは思いますが。

最近のゴールデン街、外国人観光客も年々ますます増えてきてますが、ただ観光客に優しくしましょー的な時季はここはもうそろそろ過ぎつつあるようです。日本人はだいたいそうですが、外国人観光客に優しい。それはホントの優しさかどうかは別にして、そのほうがラクというのもあったのかもしれません。
キャパの小さい店舗がひしめくこの街で、一見の、とくに外国人観光客と主に常連客との協調がうまくいくようにするには、一見客を有る程度躾けるというか、ファーストコンタクトをこれまでより少し厳しめに入るくらいがちょうどいいようですね。まあ、サービスの質の維持というのも大事でしょうし、また、お酒も入るわけですから、いろんな意味で、緊張感を残しておかないとガバナンスはもたないのはあたりまえですけど。

そんな感じのするゴールデン街の、年に2度(春の桜まつり)の、ゴールデン街初めてみたいな方が、気軽にお気に入りの店をみつけてくれたら、というのがこのイベントの趣旨です。とにかく、参加店ではチャージなし、ワンドリンク500円均一!リーズナブルすぎて、でもお客には嬉しい一日ではないかと思います。


《新宿ゴールデン街納涼感謝祭2015》
この機会に新宿ゴールデン街の魅力にふれてみてください―新宿歌舞伎町の喧噪の中を通り抜けると、こつ然と姿をあらわす長屋風飲み屋群。昭和の香りと若い息吹が共存する不思議空間。戦後をあだ花のごとく咲き続けてきた「新宿ゴールデン街」は今も「いま」の時を刻みつづけています。普段はなかなか扉をたたきにくい店も、この日は入場フリーです。この機会にいろいろなお店を探訪してみてください。個性あふれるお店の中には、きっとあなた好みのお店が見つかるはずです。8月30日、「新宿ゴールデン街」のパワフルな一日を、ぜひご体験ください。

[主催]新宿ゴールデン街商業組合 2015年度納涼感謝祭実行委員会
[協賛]新宿三光商店街振興組合 サントリー酒類株式会社 キリンビール株式会社 サッポロビール株式会社 宝酒造株式会社
http://golden-gai.tokyo/2015/

送信者 Shinjuku,Kabukicho 2015

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2015.8.3 映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』JAPAN PREMIERE 歌舞伎町セントラルロード・レッドカーペットイベント開催 [イベント]

2015.8.3 映画『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』JAPAN PREMIERE 歌舞伎町セントラルロード・レッドカーペットイベントよ


来日ゲスト/トム・クルーズ(53)、クリストファー・
マッカリー監督(47)、ブライアン・バークプロデューサー(46)
ステージイベントゲスト/MIYAVI(33)

レッドカーペットゲスト/朝夏まなと(宝塚歌劇団宙組・
男役)、綾部祐二(ピース)、秋元梢、宮城舞、叶姉妹、森川智之(声優)ほか


歌舞伎町のセントラルロードで、映画『ミッション:イン
ポッシブル/ローグ・ネイション』JAPAN PREMIEREとして、レッドカーペットのイベントが開催されました。4月16日の新宿東宝ビルオープニング、そして5月7日「新宿スワン」に引き続き、これが3度目のセントラルロードを使ったレッドカーペットイベントとなった。 映画で主演を演じるトム・クルーズさんをはじめ、監督・プロデューサーやゲストも交え、レッドカーペットを歩きました。トム・クルーズさんは、気温30度を超える中、集まった500人のファンの声援やサインの要求に一人ひとり応えるなど、ファンサービスにイベントの約2時間を目一杯使ってました。

◇『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』
超敏腕スパイ:イーサン・ハント率いるIMFは無国籍スパイ「シンジケート」の暗躍により、またしても解体の窮地に追い込まれてしまう。イーサンはこの最強の敵にどう立ち向かうのか? 誰が敵か味方かわからない中、究極の諜報バトルが繰り広げられる。史上最難関のミッションをコンプリートできるのか!?イーサンの究極の「作戦」とは?

MISSION:IMPOSSIBLE ROGUE NATION
http://www.missionimpossiblejp.jp/
製作年:2015年
製作国:アメリカ
日本公開:2015年8月7日
上映時間:2時間11分
配給:パラマウント・ピクチャーズ・ジャパン


2015.8.4 『こどもアートテラス at ホテルグレイスリー新宿』

送信者 Shinjuku,Kabukicho 2015
新宿の街中アートイベントとして今年で5年目の開催となる『新宿クリエイターズ・フェスタ』がもうすぐ(8月21日より)はじまるわけですが、そのプレイベントとして、昨日(8月3日)の「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」歌舞伎町レッドカーペットが開催されました。そして今日(8月4日)には、そのレッドカーペットの演出として空中カーペット(スカイカーペット)が描かれた新宿東宝ビル8F、“ゴジラヘッド”のあるホテルグレイスリー新宿のテラスにて「こどもアートテラス at ホテルグレイスリー新宿」が開催されました。例年こどもアートとして、子どもたちと一緒に描くライブペインティングをプロデュースする版画家・蟹江杏と、今年もこどもたちが一緒に楽しい怪獣の街を大きなキャンバスに描きました。

ホテルグレイスリー新宿8Fのカフェテラスで、午前2時間午後2時間を使って、世界中の街や建物を下絵にしたキャンパスに、集まったこどもたちが自由に色を加え、また、ゴジラヘッドにかけて、ゴジラなどの怪獣を描く参加型のアートイベント。なお、この日、描かれた絵は、ホテルグレイスリー新宿1Fのエントランスに9月6日(日)まで展示中。

新宿クリエイターズ・フェスタとは―
・アートを通して新宿の魅力づくり、イメージアップを図り、新たな賑わいと活力づくりに取り組む。
・新宿駅周辺の公共の空間・施設、民間施設等を活用し、様々なアートイベントを開催することで、区民及び来街者が文化・芸術に触れる機会を提供する。
・イベントを通して、多くのアーティストに発表・発信の場を提供する。

新宿クリエイターズ・フェスタ 実行委員長 委員長 吉住 健一

学生のアートイベントとして出発した新宿クリエイターズ・フェスタは、学生から著名アーティストまで、多くのクリエイターが参加する夏の一大アートイベントとして成長し、今年で5周年を迎えました。新宿駅周辺の商店街、ご協賛いただきました企業の皆様には、新宿クリエイターズ・フェスタ2015開催にあたり多大なるご支援、ご協力を賜り、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
今年のフェスタは、2020年に東京オリンピック・パラリンピック開催を控え、「国際観光都市・新宿」を世界に発信すべく、新宿のまちを訪れる外国人観光客の方々にも本イベントを楽しんでいただける企画として、著名アーティストによる作品展示に加え、「新宿観光特使」として任命し、歌舞伎町に特別住民登録を行ったキャラクター「ゴジラ」の活用や、この夏公開映画とのコラボ作品展示、国内外で話題のゲーム「イングレス」を活用した企画など、昨年以上に充実した内容となっています。 また、新宿のまちでアーティスト、学生、子どもの才能と新宿の文化観光資源が成長し続けるイメージを表した新たなロゴを作成してブランド力の向上を図るとともに、3か国語に対応したイベントマップを作成しました。 さらに本イベントでは、東日本大震災の被災地を応援するプログラムを実施しています。このイベントを通して、引き続き被災地の皆さんを元気づけていきたいと考えています。 都市空間で展開される芸術作品や多彩なイベントを通して、新宿のまちが持つ多様な魅力を体感できる新宿クリエイターズ・フェスタ2015を、多くの方々にお楽しみいただきたいと思います。

[新宿クリエイターズ・フェスタ]http://www.scf-web.net/
平成27年8月21日(金)~9月6日(日)※ 一部期間外に実施するイベントあり。
会場:新宿駅周辺各所神楽坂 毘沙門天、全労済ホール/スペース・ゼロ、コミュニケーションプラザドットDNP(市ヶ谷)、中井商工会主催新宿クリエイターズ・フェスタ実行委員会/新宿区


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めんそーれ新宿―7月25日(土)新宿エイサーまつり2015 開催!―新宿エイサーまつり2015ダイジェスト動画【Shinjuku Eisa Festival 2015 digest movie】 [イベント]

めんそーれ新宿―7月25日(土)新宿エイサーまつり2015 開催!


新宿エイサーまつりダイジェスト動画(20分バージョン)【Shinjuku Eisa Festival 2015 digest 20min.short ver.】
撮影:弓田一徳、谷尾宏之、寺谷公一 編集:寺谷公一

【What is Eisa?】
Eisa is a Bon dance originated from Okinawa.
July 15th is the “Kyu Bon” (old Bon) according to the old calendar (it will fall on 21st of August in 2015), and on that night when we see off our ancestors’ spirits (the day is called “Ukui” in Okinawa), young men and women go around the community dancing, wishing for health, safety, and prosperity of each house,and pray for repose of the spirits. This dance performed on the night of 15th,the day of “Ukui” (to send off ), is called Eisa. Spirits of ancestors that come down to earth on the 13th, or the day of “Unke” (to welcome) usually resist on returning, so people beat their drums to scare them and send them back to their world. This is how Eisa was established.

【History of Eisa and its origin】
In 1603, d uring R yuku K ingdom e ra, Jodo Shinshu ( True Pu re L and Bu ddhism) w as introduced to the people. And it is said that original form of Eisa was Nenbutsu (Buddhist invocation) chanting by Ninpucha (the c hanter) to repose the spirits at funerals and memorial mass. Later on in the beginning of the Showa era, more entertainment-driven Eisa became popular.
In 1956, when “Island of Okinawa Eisa Contest” started out, young men’s associations from center of Main Island took the initiative to bring Eisa to a new level, revolutionizing its skills and costumes.
Today events are held not only during Kyu Bon but throughout the year, including Island of Okinawa Eisa Festival and 10,000 Eisa Dance Festa, and many can be seen outside Okinawa.
There are several theories to the origin of Eisa. However the one that is most supported is group dance “Esaomoro” being combined with Nenbutsu (Buddhist invocation) style dance which was started by a Kyoto Buddhist priest, Taichu Shonin when he came to Okinawa. It is also said that the name “Eisa” was taken from a musical accompaniment.

Shinjuku Eisa Festival is held on the last Saturday of July, right after the rainy season.It starts from 1 o’clock around Shinjuku Street. This time of the day during the summer season is the hottest throughout the year.
Make sure to drink water frequently so that you won’t suffer from heatstroke.
There are no convenience stores and vending machines along Shinjuku Street so we suggest you to bring a drink with you.
In Okinawa, Eisa is usually performed from early evening to night, when it’s cooler.At Shinjuku Eisa Festival, you can also enjoy it in a rather cooler weather at nighttime.This year, nighttime sessions are held in 6 areas, around East and West Exits of Shinjuku Station.During nighttime sessions, audiences can join the Eisa performances.
And one of its main attractions is the “Kachashii”!

【What is Kachashii?】
Kachashii means to “stir” in Okinawan dialect.When people sway their hands from left to right above their head, it looks like a stirring movement and this is where its name comes from.
As people get warmed up to the Okinawa folksongs, the audience and sometimes the players too, start dancing the Kachashii, swaying their hands up in the air and stumping their feet.

新宿が沖縄になる日。めんそーれ、新宿。毎年恒例、今年で14回目、7月の最終土曜日開催の「新宿エイサーまつり」が7月25日開催されました。昼の部は新宿通り(アルタ前からマルイアネックス前までの5会場)にて12時より16時まで、夜の部は新宿駅東西6会場(双葉通り、モア4番街、歌舞伎町セントラルロード、新宿三井ビル、小田急電鉄本社前、小田急ハルク横)にて17時より20時まで、沖縄の伝統舞踊「エイサー踊り」の演舞で新宿全体が賑わいました。


新宿エイサーまつり2015ダイジェスト動画【Shinjuku Eisa Festival 2015 digest 91min. long ver.】
撮影:弓田一徳、谷尾宏之、寺谷公一 編集:寺谷公一

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7月23日(水)第12回 新宿繁華街犯罪組織排除協議会総会 開催 [まちづくり]

送信者 Shinjuku,Kabukicho 2015

7月23日(水)第12回 新宿繁華街犯罪組織排除協議会総会 開催

日時:平成27年7月23日(木)午後2時より
場所:新宿区役所5F大会議室

新宿繁華街犯罪組織排除協議会は、今総会で設立以来12年(総会は12回目)となる。新宿警察署組織犯罪対策課の指導のもと、所轄内の新宿駅周辺繁華街から大久保地区までの各商店街振興組合、町会、企業グループ(宅建・ホテル旅館・遊技場・酒場・喫茶飲食・麻雀・質屋等各同業組合)、社交料理飲食業連合会などで構成。防犯協会、交通安全協会の各会長を顧問・相談役に、関係機関としては新宿区役所、(公)暴力団追放運動推進都民センターと新宿区役所、新宿区長と新宿警察署長は顧問、会長職は恒例で、歌舞伎町の“村長”(現在は歌舞伎町商店街振興組合理事長・片桐基次氏※写真中央)がなる、という形をとっている。

総会では、26年度事業報告・決算報告、27年度事業計画・予算案、犯罪組織排除功労者表彰、及び、「特殊詐欺」撲滅にむけて(新宿警察署生活安全部)、また、警視庁組織犯罪対策部による暴力団の現状についての基調講演などが行われた。


来賓代表として挨拶された新宿警察署長青木樹哉氏

東京都(警視庁管内)の暴力団情勢は、現在構成員約3,700名、準構成員約7,700名、合計11,400名、暴力団排除条例ができた平成23年が約1万6,000人だったので、それから約5,000人減少している。しかし、構成員でないことを偽装した破門なども多く、まだまだ活動は盛んで暴力団対策の手を緩められる状況にはないという。民間の契約時における、暴力団排除の特約条項を設けたり、自分が暴力団関係者ではない旨の決意表明書にハンを押させるなどによって、暴力団の資金獲得を遮断させるよう指導を徹底しているところだとか。
新宿警察署管内39事務所・関連事務所38、約950名を把握、昨年度266名を検挙、今年上半期はすでに極東会会長、沖縄旭琉会副理事長逮捕などを含め169名検挙、暴力団のミカジメなど不当要求などに対し28件の中止命令を行っているという。歌舞伎町には現在、55台の防犯カメラが設置済みだが、なおの設置促進への協力の要請もあった。

暴力団追放!
・暴力団と交際しない
・暴力団に金を出さない
・暴力団を恐れない
・暴力団を利用しない

暴力団に関する相談
◇警視庁暴力団ホットライン 03-3580-2222
◇(公財)暴力団追放運動推進都民センター 0120-893-240 (平日9:00-17:00)


暴排条例や暴対法によって、暴力団の活動が大きく制限されるようになったことは、街中で暴力団員がたむろする景色が減ったことでも、その効果が大きかったことは言うまでもない。また、飲食・風俗店などへの暴力団からのミカジメなどを含む不当要求に対し中止命令をかけてきたことで、店と暴力団の関係は薄くなりつつある。一方で、客引き頼みだった店舗から暴力団が引いたことで、客引き側の立場が店と逆転、客引きの取り分の率の高騰現象と相まって、昨今の料金トラブル事案(ぼったくり)多発に繋がったという面もある。ぼったくり対策は粛々と進めていくにしても、99%客引きを導線としたこれらの事案の根底にある客引きの活動リスクが未だ、あまりに低すぎるという面(迷惑防止条例違反であれば50万以下の罰金、6ヶ月以下の懲役、そのほか、暴力団へのミカジメ料は一人一ヶ月あたり3万程度)、と、店舗からのバック率(50%)を考えると、諸悪の根源は「客引き」ということに合理性があるといえる。
店からのミカジメが取りにくい時代だからこそ、客引きをただ増やせば収入になるという短絡的なヤクザ稼業のあり方、と言っても組長に言っても若い衆が言うことを聞かないと愚痴をこぼすほど、すでの暴力団自体のガバナンスの欠如、これらの背景には暴対法や暴排条例による暴力団の弱体化があるとは言え、では、失われた秩序を市民自らが維持しなければならない、それをできるのかという課題はまだまだ遠い。
観光拠点化していく歌舞伎町の雑景の中で、また、一般の来街者の「安全」錯覚の中で起きる様々な事故を未然に防ぐために、実際面では決して安全ではない街の緊張感をいかに保てばいいのかなど、まだまだ課題はある。

話は変わるが、昨今話題になるのは、暴力団を離脱したものへの就労支援(社会復帰)というテーマがある。暴力団には人権、生存権はない、という流れの中で、暴力団を離脱すればよい、という考え方はいいとして、では、社会復帰をどうするか。暴追都民センターなどでは再就職の支援を行おうとしているが、実際のところ、協力企業はなかなか集まらない。日本は『レッテル社会』な面が強いから、元ヤクザ、元暴力団、指がない、となると、当たり前ではあるが、途端に生きていくのが難しくなる。それが市民生活の安全・安心を脅かすのであれば、『レッテル社会』だからこそ、新たなレッテル貼り、いい意味での“キャリアロンダリング”のシステム、例えばアメリカで言う海兵隊のような受け皿が、日本にも必要な気がしている。安全・安心にはコストがかかる。生活保護など、同じ“税”で対応するなら、これまでも隠れた事実として、そういった役割もあった最大の公共事業である“自衛隊”を、もっと積極的にキャリアロンダリングのシステムとして活かしたらいいのではないか。


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めんそーれ新宿―7月25日(土)新宿エイサーまつり2015 開催!※小雨決行 [イベント]

新宿エイサーまつり公式パンフレット(web-edition) http://www.shinjuku-eisa.com/pdf/2015ShinjukuEisa2015_panf_webedition.pdf

新宿が沖縄になる日。毎年恒例、7月の最終土曜日開催の「新宿エイサーまつり」は今年で14回目の開催となります。
昼の部は新宿通り(アルタ前からマルイアネックス前までの5会場)にて12時より16時まで、夜の部は新宿駅東西6会場(双葉通り、モア4番街、歌舞伎町セントラルロード、新宿三井ビル、小田急電鉄本社前、小田急ハルク横)にて17時より20時まで、沖縄の伝統舞踊「エイサー踊り」で新宿が熱く盛り上がります。

新宿伊勢丹では第21回めんそーれ沖縄展、スタジオアルタでは沖縄ショートフィルムフェスタ、大久保公園では沖縄グルメフェスタ(7/24-26)、そして新宿文化センターでは沖縄音楽フェスティバルが同時開催、例年、約100万人の来場者(主催者発表)が集まる、新宿駅周辺では最大のイベントです。
新宿に来た折には、是非、沖縄を感じてオタノシミください。

新宿エイサーまつり公式WEB http://www.shinjuku-eisa.com/
Facebook; https://www.facebook.com/shinjuku.eisa
twitter; https://twitter.com/ShinjukuEisa



《新宿エイサーまつり 2015》
[開催日時]2015年7月25日(土) 12:00?20:00
[主催] 新宿エイサーまつり大会委員会
新宿大通商店街振興組合
新宿東口商店街振興組合
歌舞伎町商店街振興組合
新宿駅前商店街振興組合
新宿文化街商店会
歌舞伎町二丁目商店街振興組合
西新宿一丁目商店街振興組合
西新宿商興会
[後援] 新宿区、沖縄県、那覇市、一般財団法人沖縄観光コンベンションビューロー、一般社団法人新宿観光振興協会、公益財団法人東京観光財団、東京商工会議所新宿支部、公益財団法人新宿未来創造財団、
[参加チーム]26チーム
[実施会場] 新宿駅東口および西口周辺


2014.7.26 新宿エイサーまつり/Shinjuku Eisa Festival 2014 digest 86min.

【What is Eisa?】
Eisa is a Bon dance originated from Okinawa.July 15th is the “Kyu Bon” (old Bon) according to the old calendar (it will fall on 21st of August in 2015), and on that night when we see off our ancestors’ spirits (the day is called “Ukui” in Okinawa), young men and women go around the community dancing, wishing for health, safety, and prosperity of each house,and pray for repose of the spirits. This dance performed on the night of 15th,the day of “Ukui” (to send off ), is called Eisa. Spirits of ancestors that come down to earth on the 13th, or the day of “Unke” (to welcome) usually resist on returning, so people beat their drums to scare them and send them back to their world. This is how Eisa was established.
【History of Eisa and its origin】
In 1603, d uring R yuku K ingdom e ra, Jodo Shinshu ( True Pu re L and Bu ddhism) w as introduced to the people. And it is said that original form of Eisa was Nenbutsu (Buddhist invocation) chanting by Ninpucha (the c hanter) to repose the spirits at funerals and memorial mass. Later on in the beginning of the Showa era, more entertainment-driven Eisa became popular. In 1956, when “Island of Okinawa Eisa Contest” started out, young men’s associations from center of Main Island took the initiative to bring Eisa to a new level, revolutionizing its skills and costumes.
Today events are held not only during Kyu Bon but throughout the year, including Island of Okinawa Eisa Festival and 10,000 Eisa Dance Festa, and many can be seen outside Okinawa.
There are several theories to the origin of Eisa. However the one that is most supported is group dance “Esaomoro” being combined with Nenbutsu (Buddhist invocation) style dance which was started by a Kyoto Buddhist priest, Taichu Shonin when he came to Okinawa. It is also said that the name “Eisa” was taken from a musical accompaniment.

新宿エイサーまつりは、梅雨明けの夏真っ只中、毎年7月の最後の土曜日に開催されます。特に昼会場の新宿通りは真夏の13時からという1年を通して最も暑い時間に開始されるんです。熱中症にならないよう気をつけながら、水分はこまめに摂るようにしましょう!新宿通り沿いにはコンビニや自動販売機などは無いので飲み物は予め用意しておいたほうがいいですよ!
もともとエイサーは、地元の沖縄でも夕方から夜にかけて行われるのが一般的です。新宿エイサーまつりも、夜になると日中よりも比較的涼しく観ることができます。今年の夜会場は新宿駅東西6会場。夜の会場は観客の皆さんも一体となってエイサーを楽しむことができます。その楽しみの一つが「 カチャーシー」!
カチャーシーは沖縄方言で「かき回す」という意味があります。頭上で手を左右に振るさまが、かき回すように見えるからこの呼び名がついたそうです。沖縄民謡の演奏に興が乗るにつれて、聴衆が、時にはよっては演奏者も!両手を頭上に掲げて左右に振り、足も踏み鳴らす踊りです。

Shinjuku Eisa Festival is held on the last Saturday of July, right after the rainy season.It starts from 1 o’clock around Shinjuku Street. This time of the day during the summer season is the hottest throughout the year.Make sure to drink water frequently so that you won’t suffer from heatstroke.There are no convenience stores and vending machines along Shinjuku Street so we suggest you to bring a drink with you.In Okinawa, Eisa is usually performed from early evening to night, when it’s cooler.At Shinjuku Eisa Festival, you can also enjoy it in a rather cooler weather at nighttime.This year, nighttime sessions are held in 6 areas, around East and West Exits of Shinjuku Station.During nighttime sessions, audiences can join the Eisa performances.
And one of its main attractions is the “Kachashii”!
【What is Kachashii?】
Kachashii means to “stir” in Okinawan dialect.When people sway their hands from left to right above their head, it looks like a stirring movement and this is where its name comes from.As people get warmed up to the Okinawa folksongs, the audience and sometimes the players too, start dancing the Kachashii, swaying their hands up in the air and stumping their feet.


《歌舞伎町イベント関連 7月~8月》
7月23日(木)新宿繁華街犯罪組織排除協議会(総会)
7月24日~26日 第2回沖縄グルメフェスタ(大久保公園)http://www.nrg.co.jp/nikkenlease/okinawa-gourmet/
7月25日(土)新宿エイサーまつり http://www.shinjuku-eisa.com/
7月31日(金)~8月9日(日)新宿オクトーバーフェスト(大久保公園) http://shinjuku-oktoberfest.jp/
8月3日(月)ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション プレミアイベント http://www.missionimpossiblejp.jp/
8月29日(土)グリーンバード歌舞伎町チーム9周年パーティ(OPUST) http://www.greenbird.jp/team/kabukicho/
8月30日(日)新宿ゴールデン街納涼感謝祭 https://www.facebook.com/goldengai http://golden-gai.tokyo/2015/


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歌舞伎町「ぼったくり被害110番」が開設 ―電話03-6205-6777 [まちづくり]

6月26日(金)より、東京弁護士会の民事介入暴力対策チーム及び法律相談センター運営委員会合同による歌舞伎町「ぼったくり被害110番」が開設された。今年に入って急増していたぼったくり被害(110番件数にすると4月で341件)の対策として、警視庁が本格的に取締りを強化していることで被害件数自体は大分減ってきているが、それでも6月だけで131件の110番件数があるということで、被害者救済などを念頭に東京弁護士会を中心にスタートしたもの。

歌舞伎町内のビルに相談センターを構え、開設をした6月26日より、夜21時より深夜未明にかけ、複数の弁護士が常駐し、ぼったくり被害に遭った客の相談を受け始めた。
26日より30日の間に11件の相談があった。その大半は、一番街の案内所経由で性風俗店によるレンタルルームでのぼったくり被害、K'sビルにあるキャバクラ店での料金トラブル。現在、営業を続けているぼったくり店は歌舞伎町内に約20店舗、ぼったくり店と結託した案内所も約5件ある。カモフラージュや休止中の店舗はもっとあるのだが、その中で非常に活動的に「ぼったくり」営業を続けている店舗が現在4店舗、相談が多かったのはその中でも特に2件。これまで、客引き→ぼったくりという案件が多かったのだが、客引き→案内所→中継のスタッフ(外販)→ぼったくり被害キャバクラ、または性風俗店、というケースが増えてきている。

東京弁護士会の伊藤茂昭会長は会見で「被害に遭いそうになったときは、絶対に金銭を支払わないこと。110番通報し、助けを求めて身の安全を確保すること。ぼったくり被害110番で、弁護士に助言を仰ぐこと。それで被害は未然に防げる可能性があります。金銭を支払ってしまった後でも救済の道は残されていますから、遠慮なく弁護士に相談してください」と呼びかけていた。

2015年7月1日、歌舞伎町「ぼったくり110番」開設記者会見より(東京弁護士会東京弁護士会 伊藤 茂昭会長、新宿区長 吉住 健一、歌舞伎町商店街振興組合 片桐 基次理事長)

「ぼったくり被害110番」の事務所を提供する歌舞伎町商店街振興組合・片桐基次理事長は「歌舞伎町に出ている客引きは100%ぼったくりです。弁護士会、警察の方々と強く連携して、ぼったくりを全滅させたい」と語っていた。なお、「ぼったくり被害110番」は、直接東京弁護士会の弁護士が電話にでて、最初の電話相談は無料で答えている。その後、受任(代理人)して店舗との交渉に臨む場合は2万5千円(税込み)より、訴訟費用は別。


2015年7月1日、新宿区主催で、歌舞伎町の客引き・ぼったくり撲滅のキャンペーンが開催、警視庁からは種谷良二副総監が参加。警視庁は刑事事件化と行政処分の両輪で徹底的なぼったくり対策をすすめるとともに「2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、海外からのお客様も繁華街で安心して楽しめる、これが世界一安全な都市・東京実現のメルクマール」と意気込みを語った。


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