“帰村宣言”をした福島第一原発20kmの村、福島県双葉郡川内村にて地元の方々との交流会を開催 [その他]
| 送信者 2012/2/7-8 福島県双葉郡川内村にて |
人であれ、場所であれ、どうしてそこに惹きつけられるのか、心を持っていかれるのか。そんな理由はどうでもいい。「テラさん、やめなよ。国にまかせておけばいいじゃん。」と、とくに“偉い”人に、何度言われたか。

『歌舞伎町が畑に海に!東日本大震災復興支援イベント 第4回歌舞伎町農山村ふれあい市場』2011/11/6 新宿区立大久保公園にて。写真右、挨拶をされているのが井出茂氏(川内村商工会長)、隣は、新宿区議の根本二郎氏。
福島県双葉郡川内村、福島第一原発から20kmのこの村の商工会長、井出茂氏と初めてお会いしたのは、昨年の11月のことだった。新宿区議の根本二郎氏が中心に進めてきた農山村との交流事業『歌舞伎町農山村ふれあい市場』、3.11の震災以降は、復興支援という意味合いも重なった中で、井出氏が新宿に訪れた時のこと。「川内村は原発から30キロ圏内に位置するところで、国はこの地域に一律、水稲の作付を禁止しました。ところが、村内の一部を除き、土壌汚染は国の定める基準値をはるかに下回っている。しかしながら、3/11以降全村避難を余儀なくされ、農家を辞める、意欲をなくす方々もあり、深刻な事態になっている。」そんな話を井出氏から伺った。
3.11震災以降、何度か東北に足を運び、また、さまざまな歪や矛盾を抱えながらも、一歩一歩復興に向かう姿も目にしてきた。だが、その中で、“福島”だけは、どう考えればいいのか、正直答えを持てない自分がいた。風評被害、そんな単純な問題ではない。過疎化した集落の一つ一つに生活があり、人生があり、絆がある。だが、そこには、程度の差こそあれ、少なくとも、通常よりもいくらかは高い数値の放射線量があるという事実、時折流れるニュースでは、“冷温停止”的状態にあるという福島第一原発の不安定な挙動が伝えられることもある。我々は、例えばボランティア支援・活動をしようにも、若者をそこに連れていくことに、幾ばくかのためらいを余儀なくされる。実は、そこにこそ、今回の震災復興・再生における“福島”の核心がある、と思った。井出さんから『鍋でもつつきながら、やろうや。話をしましょう。』そんな風に言われた昨年の11月の出会いだった。
川内村は、阿武隈高地の中央部に位置し、阿武隈高地の最高峰「大滝根山」東斜面に立地し、標高500~600メートル。阿武隈高地の最高峰、大滝根山をはじめ700~900メートルの起伏の多い山岳に囲まれた高原性の盆地。耕地は、村の中央を貫流する木戸川とその支流に沿って開け、その中に大小24の集落が散在。村の大きさは、東西およそ15km、南北およそ13km、総面積197.38km2の約90パーセントが山林、原野。
村の基幹産業は農林業。農業については、原子力発電所関連企業などに多くの労働力が流出し、専業農家が激減、農業の労働力は婦女子、老齢者が主体になっている。“経営形態も、米・葉タバコ・畜産・養蚕・高冷地野菜を種々に組み合わせた複合経営がほとんどであるため、生産組織の育成、経営の規模拡大、流通の合理化など総合的な改善をはかることによって、若者が農業に魅力を感じる、自然と文化が調和した新しい村づくりをめざしている。一方、林業も、外材の輸入などによる木材価格の低迷が起因し、生産量及び就労人口が減少の傾向にあるので、立地や気象条件に適した特用林産物(シイタケなど)の生産の拡大と適木の計画的造林を進めている。”とwikiより。
なお、文化面で見ると、「山深い山村である川内が、全国にも多少なりとも名を知られるようになったのは“カエルの詩人”草野心平との出会いが影響している。長福寺の住職矢内俊晃師は、度々に天然記念物平伏沼のモリアオガエルを紹介、そんな中、ぶらりと長福寺を訪れたのが昭和28年(1953年) の夏であった。心平は七日間も矢内和尚と酒を飲み続けた。」ということで、“カエルの詩人”草野心平は名誉村民になっている。“東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故によって、全域が警戒区域と緊急時避難準備区域に指定された福島県川内村が、1月31日に帰村宣言”
3月16日全村避難、昨年9月には緊急時避難準備区域の指定も解除された川内村。福島第一原発から30km範囲内に全村が入っているものの、“村中心部(福島第一原発から約20km)の空間放射線量は毎時0.1マイクロシーベルト、福島市や郡山市の数分の1程度と低く、他市町村より帰還への環境は整っている”と言う。川内村が含まれる福島県双葉郡は広く、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町、川内村、葛尾村の8町村、それぞれに自治体がある。福島第一原発は、双葉町・大熊町。 “帰村宣言”がされる一方で、双葉郡には、放射性物質に汚染された土壌・焼却灰を保管する中間貯蔵施設を建設する方針が示されていたりもする。
3.11の震災から11カ月が経ちつつある、2月7日朝、雨の東京を出発、一路、福島県川内村へ向かった。常磐道で、おそらく通常は常磐富岡あたりで降りて内陸の川内村へ向かうのだろうが、このルートだと福島原発至近をかすめてしまうため、いわきから磐越自動車道を経由、船引三船インターを下り、288号、399号を経て川内村に入った。なお、東北の復興支援で水戸より先は無料(2012年3月31日までの予定)になっているため、首都高700円と水戸までの高速代2,000円あわせ、2,700円(普通車)で行けるのには助かった。メンバーは、自分と、映像クリエイターの弓田一徳、NPO法人グリーンバード副代表大澤真輝、そして、音楽家の古川琴子、この4人で行った。弓田は、自分と映像関係では同業、日常的に仕事を支え合っている関係だし、昨年5月の東北キャラバンには自分のサブとして一緒に活動をした。大澤は、グリーンバードで昨年は仙台荒浜地区の農業支援のプロジェクトを企画・運営してきた。歌舞伎町にもチームがあるので、それらを通じて関わり深い。音楽家の古川琴子は、多少疎遠になった時期もあったが、知り合ってかれこれ5年、彼女の音楽と、音楽に対する姿勢を自分が愛しているということからなんだろうけど、公私にわたって、いろいろ支え合えたらいいな、という人です。自分は、それなりに“年”とはいえ、弓田も大澤も三十代前半、琴子はまだ20代、そんな若者を連れていくこと、そこに巻き込むことに、当然ながら、批判もあるかもしれないが、だからこそ、一番信頼できる、責任を負い合えるパートナーとして、彼らを連れて行ったわけです。
川内村商工会長の井出茂氏、彼が経営する蕎麦酒房「天山」にて、井出さんの手打ち十割そばがボクらを迎え入れてくれた。元々井出さんの息子さんがここをやっていたそうだが、震災後に息子さんたちは埼玉へ避難、井出さんがここを守るようになった。それから蕎麦を打つようになったそうで、だから蕎麦打ちキャリアは7カ月くらいとのこと。毎日2kgの蕎麦を、客が来ようと来まいと打ち続けるそうです。食後は、天山の囲炉裏を囲んで雑談など。
交流会を前に、地元名物のいわなを、この村の観光名所である“いわなの郷”の渡辺さんが、獲りたてのいわなを囲炉裏で焼いてくれました。琴子がお手伝い、になったかどうか・・(笑)
▲2月7日夜、川内村商工会長の井出茂氏主催の、ボクらと地元の方々との交流会の模様。井出さんは商工会長であるほか、村議会議員でもあります。村役場からは農村振興課の松本課長・小松係長・藤宮主任、川内村の地元の主婦方で運営されてる『川内へ迎える会』の秋元洋子会長、同会の新妻さん、渡辺さん、西山さん、伊藤さん、元々バイク雑誌のライターさんで今は川内村在住の唯一のジャーナリストだという西巻さん、が参加しています。ダイジェスト59分。
▲2月8日朝、前日の交流会のアルコールも抜けやらぬ間にですが、井出会長のインタビューを行いました。インタビュアーは自分、パーソナリティ風に、音楽家の古川琴子、画面には写ってませんがグリーンバード副代表の大澤真輝が同席しています。ノーカット74分11秒、ちょっと長いですが、いろいろ“核心部”が見えてきます。良かったら、ご覧ください。
2月7日、8日と二日間の川内村取材でいろいろ感じたことの中で、明確な目標は、なんとなく見えてきた。無論、全てを自分が出来る訳でなし、いずれにせよ、多くの理解者を求め、或いは、今後、資金面での支援も必要とする場合もあるかと思いますが、以下、具体的な目標をまとめておきます。
[農業支援]
・米作~作付・作業ボランティア、川内村サポーター集め、直販ルート開拓
・オーガニックコットンの生産、Tシャツなどのデザイン、製品化~販売
[教育支援]
・情操教育(例:帰村した子供たちと、村民による吹奏楽団創設~指導、演奏会)
[文化事業]
・音楽(例:収穫祭コンサート、クリスマスコンサートなど)
[発信]
・放送局、Ustream、あるいはIT、映像技術の指導。
川内村の放射線量は0.1-0.2マイクロシーベルト/毎時。東京の、約2倍ぐらいでしょうか。周辺には、それよりも高い線量の地域が点在し、地元の方が言うには、「川内村は山に囲まれた盆地だから助かったのかもしれない。神風が吹いた。」と。だが、ここに住む人たちの生活圏は、今は線量が高くは入れない双葉町側にあるということで、つまり、地勢的には村は助かったのかもしれないが、生活圏は破壊されている。農作物の作付禁止に加え、この事が、雇用を破壊し、故郷に帰りたくても帰れず、郡山(仮設住宅)に避難したままの人たちが、現実に郡山に留まる理由の一つだと思われる。また、風雨や雪に晒され、アスファルト上の放射性物質は洗われているが、土にはまだ多くの放射性物質が残っているはずで、この冬の時期は、雪に閉ざされているから線量が出ない、という可能性もある。春、雪が解け、夏になれば、その土が舞う季節がやってくる。その時、線量はどうなるのだろうか、という危惧もあるかもしれない。
だが、それでもなお、かつて2,700人の人口があったこの村に、少なくとも今現在200人の人たちが留まり、村に帰りたいと思う人たちを迎え入れられるようにと、“ふるさと”を守ろうとしているという現実がある。あたかも、それは、報われるかどうかわからない片思いのようなものにも感じ、故にその、“無償”となるかもしれぬ“愛”を誰かが支えられたらいいなと、その役割がボクらにはあるのかもしれない、と思った。
自分の、あるいは、ボクの仲間たちの、まだ一歩目のこのアクション、いろいろ賛否はあるでしょう。返って、物事を複雑にしかねない可能性もある。
だけど、自分は、さらっと、こういう事を簡単には、通り過ぎれないのです。せっかく知り合った人が目の前にいて、関わり合いの中で、出ない答えを一緒に探したいと思っている。東京から約200kmそこらの場所に、福島第一原発がある。川内村がある。そういうリアリティを、東京にいると忘れがちな気がする。だが、そこにいけば、人がいて、生活があって、笑いも涙も、希望も絶望もある。面倒くさいかもしれない、でも、少し“くどい”位の人間関係が当たり前だったら、きっと世界はもう少しマシになる、とずっと思ってきた。ここは自分の信念。それに、どれほど完璧でも、一人で何彼やったところで、そこには冷たい空間しかない。一人より二人、二人より皆でやることは、とても楽しいはず。東京から離れて、だが、そこには、支え合いという、我々のDNAの、どこか源流のようなものがあった。感じた。触発を受けないわけはない。
冬は-10℃以下に下がる日も少なくないそう。どうせ行くなら、まずは一番寒い時季に行ってみよう、と思ったのですが・・なぜか、ボクらがいた二日間は暖かくて・・それでも、朝は-5℃くらいだったかな。
ボクはボクの文章や発信で、琴子は琴子の音楽で、また、これからも賛否を受けながらもデキルかぎりの何かをやりながら、それが誰かに響いたらいいな、その誰かが“勝手に”川内村に行って、ボクらのデキルかぎりを越えて、さらなる何かを生み出すことを願っています。
1月12日(木) 歌舞伎町商店街振興組合 平成24年「新年の集い」より [季節]
1月12日(木)、日本料理「車屋本店」にて、恒例の歌舞伎町商店街振興組合・平成24年「新年の集い」が開催された。来賓としては中山弘子新宿区長をはじめ、海江田万里衆議院議員、吉倉正美東京都議会議員、吉住健一東京都議会議員、宮坂俊文新宿区議会議長、須藤國夫新宿消防署長など、来賓・組合員合わせて107名が参加。
冒頭、会の主催者として片桐基次氏(歌舞伎町商店街振興組合理事長)より挨拶。
「昨年は、本当に大変な年でありました。東北の大震災で、亡くなった方が本当に大勢いらっしゃいまして、また、福島原発という、考えてもいなかった原発事故が起きてしまいました。そういう中で、被災された方々に対しては、心よりお見舞い申し上げます。
歌舞伎町においては、昨年は、いろいろな事がございました。原発事故、震災の影響で、不況の風が、歌舞伎町全体、日本国中吹き荒れたのですけど、歌舞伎町も、その中で、強いアゲインストの風が吹きまして、皆さん、事業を本当に苦労されたことと思います。その中で、歌舞伎町としては、昨年、臨時派出所という、靖国通りにありました警察の派出所でありますけど、これが、組合に返還していただきまして、『安全・安心ステーション』として、今、なっております。今、町田防犯部長を筆頭に、頑張っていただいております。また、警察官OBの田中さん、逸見さんが、歌舞伎町の治安を一生懸命担っていただきまして、まことにありがたいと思っています。また、パトロールに参加していただきました組合の方々、また、新宿区の方々に対しても、御礼申し上げます。
また、7月になりまして、これは喜ばしいことではございますけど、ようやく、コマ劇場の跡の、東宝の再開発が発表されました。歌舞伎町にとっては、待ちに待った計画発表でありまして、私の感じるところでも、その発表があった後、歌舞伎町に対して、企業の方々、出店される方々の『芽』が、良い形で出てきまして、お店を開店される方が、今増えてきてまして、歌舞伎町では、活気を取り戻そうとしているところです。街としては、この計画、再開発が、2015年春に出来上がるということで、なんとしても、それまでに、歌舞伎町として新しい体制を整え、出店を目指す、そういう事業をしていかなければといけないと思っております。
それが、我々の、基本の形でありまして、もうひとつは、歌舞伎町の安全安心。本当に、客引きが多くて、それぞれ、お店の秩序というか、乱れて、自分勝手にお客さんを引いていくというようなものが多く見られています。これは、歌舞伎町だけではなく、新宿駅周辺9商店街の方々とお話をさせていただきましたが、まさしく、好き勝手やってる居酒屋さん、歌舞伎町ではホストとか風俗のお店があるのですけど、これをなんとしても無くしていこうと、新宿駅周辺の形においては、違法な連中をどうやって排除していくかというのが、大事なことでありまして、今、安田新宿東口商店街振興組合理事長に会長になっていただきまして、新宿駅周辺安全・安心の実行をする会というのが立ち上がりまして、9商店街が団結し、どうしてもこれを無くして行こうということで、頑張っています。
また、東宝さんのお話に戻りますけど、東宝の再開発には12スクリーンの最大級のシネコンが出来るということと、それから、30階建て、1千室のワシントンホテルさんが入っていただけるという事が発表されましたので、なんとしても、歌舞伎町は『観光の街』という顔を持っておりますし、昨年、(ミシュランガイドで)二つ星をいただいて、海外から見る歌舞伎町は、本当に歌舞伎町に来たいということで二つ星をいただいたのだということで、多くの外国の観光の方々に来ていただきたい。ワシントンホテルが出来る中で、歌舞伎町は大型バスが入るスペースというか、余地が無いんですけど、新宿区の皆さんと図って、大型バスの導入が、どうやったら出来るのか、今、協議会を立ち上げて頑張っているところです。
それと、もうひとつは、それができるまでの間、セントラルロード、周辺の広場、再開発周辺の再生と言うんですかね、新しく道路をおさえようということで、今月の終わりのほうから、その協議会が立ち上がりまして、街と区、それから事業者である東宝さんが入って、綺麗な形でその道路(整備)をやって行こうということで、これからそういう話がまいります。我々街としても、一生懸命頑張って行きます。組合員の皆様におかれましては、行政の方にお願いして、なんとかしてしていただくという形でありましたけど、やはりこれからは、それだけではなく、街の人間が立ち上がって、街が綺麗にしなければ、我々が綺麗にしなければ、やはり、出来ないんだということを解っていただいて、是非、歌舞伎町商店街振興組合に対し、ご協力していただきたいと思っております。」
原稿もなく、自分の言葉で喋られ、若干まとまりの欠ける文章になっているので、要約すると2点、重要な発言がありました。要点として①新宿駅東西9商店街(安田真一会長:新宿東口商店街振興組合理事長)による『新宿駅周辺安全・安心を実行する会』が発足、客引き対策等体感治安向上のための具体的なアクション(安全・安心条例などの制定を含む)をスタートしている、②歌舞伎町のける大型バス導線を検討する協議会が近々発足、地区・都市計画として、セントラルロード、シネシティ広場等を含む道路の再整備・新設などインフラ整備を検討していく。
「歌舞伎町と言えば、誰でも知っている、世界でも通用する、そうした街です。新宿は、やはり、多くの皆さんにおいでいただいて食べている街です。多くの、海外から来る旅行者の方々がガイドブックとして使っている、ロンリープラネットという中で、歌舞伎町とうのが、人気の街ということで紹介されておりまして、その紹介のされ方は『安全で面白い街』、そういう風に紹介されています。私は、そういったことを嬉しく思っております。
東京都が、観光客の入込調査、これは昨年3月の東日本大震災に行っておりますので、観光客については、福島第一原発事故の影響というのは非常に大きくて、残念ながら傾向が変わっているところもあると思いますが、何といっても、一番多く東京で観光客が来た街は、ダントツに新宿なんです。浅草でも、渋谷でも池袋でも銀座でも六本木でもなく新宿でして、そして、且つ、最も満足した街もダントツに新宿です。ですから、今、経済環境が悪い中で、皆さん大変ご苦労されていると思いますけど、新宿が持つ多様性、新宿が持つ猥雑性も力としながら、元気に、今年こそは良い年にしたいと思います。
そして、この歌舞伎町は、コマの建て替えもいよいよ始まっているところですし、それから、今年は辰年、昇り龍の年ということで、龍は龍神様といって、水の神様ですけれども、歌舞伎町には、昔、ここにも鴨池があったというような由緒あるところでして、やはり龍が、水を得てというような話にありますように、私が皆さんが、これまで、いろんな形で、歌舞伎町タウンマネジメントの取り組みや、振興組合のそれ以前にまず、この街を、安全で安心で、多くの皆さんにおいでいただける街として取り組んでいることに、力いっぱいバックアップをしてまいりたいと思います。
そして、この街が、多くの皆さんに来ていただいてこそ、またこの街はどういう位置関係になってきているかと言うと、東新宿の駅を近くに、また、多文化共生の街・大久保からの人が歌舞伎町2丁目に入り、そして東口のほうでお買い物もしていくというような、大変『立地』もいいわけです。ですから、長い目で、そして、日々、私たちの、この街に求められているニーズを先駆的に掴む努力をしながら、良い街にしてまいりましょう。
私は、歌舞伎町が新宿の、ある意味では『力』であり、新宿のイメージを決めている、そうした歌舞伎町の活発な活動に心から期待をし、そしてこの1年が良い年となりますように、歌舞伎町の、この街が持っている記憶は“民で街づくりをした”―区画整理事業を民でやった最初の街です。新たな担い手として、入ってきていただいている方も多い。そうした歌舞伎町に、これからも、ますます、皆さんとともに仕事ができるように心からお願いを申しあげ、挨拶とします。」
まず、前述、片桐基次氏の挨拶の要点①「新宿駅東西9商店街(安田真一会長:新宿東口商店街振興組合理事長)による『新宿駅周辺安全・安心を実行する会』が発足、客引き対策等体感治安向上のための具体的なアクション(安全・安心条例などの制定を含む)をスタートしている」についてだが、セントラルロードにおいて限られた時間における限られた範囲での、限られた財源によるパトロール活動は、ある程度の効果を証明してきた実績がある。青灯交番化し、警察OBを約200万の予算で雇い、さらに組織化した2011年、これを新宿駅周辺9商店街全域で連携し、場合によっては行政からの予算的支援を得て、なるべく広いエリアを大人数で、また警察の道路使用許可の運用範囲にも民間が干渉し、必要に応じて、理念的ではない実務的な条例化も検討しようというもの。商店街として、これまで長く懸案事項であり、且つ、その場しのぎの短期的な対処はやってきたが、実際のところ有効な手立てが打てずにきた、この客引き問題について、今度こそ、着地可能なアクションをする、ということ。
「②歌舞伎町のける大型バス導線を検討する協議会が近々発足、地区・都市計画として、セントラルロード、シネシティ広場等を含む道路の再整備・新設などインフラ整備を検討していく」についてだが、以下リンク参照※東宝㈱、新宿コマ劇場・新宿東宝会館跡地再開発計画(新宿東宝ビル)を発表、2015年春竣工(予定)基幹テナントはワシントンホテル(9-31階)と最新鋭シネコン(3-6階)地上31階建高さ130m(2011/7/11記)、現実として、実は、何も決まっていないに等しい。と言うのは、東宝の再開発事業における最大の課題は大型バスの導線確保にあるのだが、これが今以って、東宝はまったく解決策を見いだせないでいるという事実。当初から課題であったことは、東宝との話し合いの中で認識はされていたのだが、現実は、東宝はこの問題を、これでも甘く見ていた、と言わざるを得ない。またか・・という感じだが、その関係で、東京都の建築許可はおろか、藤田観光とのテナント契約ですら座礁する可能性も残っている。
一方で、こういう言い方はなんだが、震災を理由に“大幅減益”を、ある意味堂々とできる今期を上手く乗り切り、来年帳尻合わせ、再来年あたりに再開発着手をもくろむのが、旧コマ劇場の広場を挟んで真向かいに位置する新宿TOKYU MILANOビルを所有する東急レクリエーション。東宝が大型バスの導線で苦しんでいる間に、東急は西武駅前通りに面しているという立地の利を活かし、あわよくば親会社である東急電鉄の財政的支援を受け、ワシントンホテル以上のランクのホテルを基幹テナントとした“大型バス導線をもつ”複合ビルの再開発を目指している、と見られる。企業と言うのは生き物で、個人の意思はあまり関係なく、経済的状況が悪ければ消極的選択へと向かうは必然で、東宝は、そういう意味では、個人の責任ではないけれど、あくまで個人的な意見として、計画の“思想”において、ミスを犯している、と言い切れる。このことは、公式な発言にはないけれども、明らかに、関係者の中では、すでに認識されていると見てよい。
ビジネスなのだから、東急レクリエーションの上手な隠れ“単独行動”は、利が叶っているとはいうものの、だったら、なんで、どちらかが『頭を下げてでも』一緒にやらないのか、と思わざるを得ない。企業プライドという厄介な壁がそこにはあるわけだが、そこにはまだ、付け入るトコロがあるとも言えそうだ。区長の発言「“民で街づくりをした”―区画整理事業を民でやった最初の街です。」は、当然ながらある意図を持った言葉である。おそらく、客引き対策で条例化を含め、財源も公共に求めることに対する『牽制』であり、政令化や公共財源の投資となった場合の行政の責任回避とも言えなくもないが、行政はあくまで『民』の後押しであって先頭に立つべきではない、行政が先頭に立てば、歌舞伎町の、或いは新宿の“良さ”“魅力”を結局損なうことになりますよ、或いは、損なわざるを得ないことになりますよ、という示唆でもあるのではないか。だからこそ、民間で越えるべきハードルは民間で越えてほしいという思いを感じる。それぞれに一理ある官民が、どう“丁度いい”落とし所を見いだせるか、新宿の東西9商店街という事で、勿論より複雑になった面もある、調整にあたることになる城克氏(歌舞伎町商店街振興組合事務局長)あたりの手腕にかかる負荷は大きい。
さて、歌舞伎町商店街振興組合は、自らが“街”であると自負しているが、その自負にふさわしい決断と行動を示せるかどうか。意外と、実感が無いような分かっていないようだが、唯一の民意の担保ということで、どちらかと言うと利用されてきた側面が多かったとはいえ、事実上、“民意”という最強の武器を持っていることを、今こそ“正しく”大いに使うべきだろう。そのつもりで9商店街の協議会立ち上げまではこぎつけたのだから。おそらく、このまとまりを、今もがいている東宝も藤田観光も竹中工務店も、そして東急レクリエーションも、或いは行政さえ、望んでいるのではないかな。以前プレゼンし、一度は消えた(作成した模型はTMOの倉庫に今は眠っている)が、歌舞伎町補完計画(案)(※facebook 歌舞伎町ページに掲載)、実は意外に、まだ死んでいない気がしています。
平成二十四年 元旦 [季節]
▲2011/12/10 宮城県仙台市、荒浜海岸にて撮影
2011年を振り返る。記憶をたどるように。
2010年12月17日、チュニジア中部のシディ・ブジドにて失業中だった26歳の男性モハメド・ブアジジが果物や野菜を街頭で販売し始めたところ、販売の許可がないとして警察官が商品と秤を没収、さらには婦人警官の1人から暴行を受け、没収品の返還と引き換えに賄賂を要求。これらへの抗議として、彼は同日午前11時30分、県庁舎前でガソリンをかぶり、イスラム世界ではタブーとされる焼身自殺を図った。これを機に、2011年1月、チュニジアから起こったジャスミン革命は、以降、アラブ全体の民主化運動という大きな波となり、エジプト、イエメン、ヨルダン、リビアなどに広がった。チュニジアのベン=アリー政権は間もなく崩壊、更に、エジプトで29年間大統領職にあり独裁政権を維持してきたムバーラクも2月には去った。チュニジアの隣国であったリビアも、ジャスミン革命の影響を受け、2011年2月にはガダフィ(カッザーフィー)退陣を求める大規模な反政府デモが発生、内戦状態へと突入、NATOの軍事介入を招いた。10月20日、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国の独裁者であったムアンマル・アル=カッザーフィーがシルトにてリビア国民評議会軍の攻勢を受け拘束、その際に死亡した。アラブ世界における、長期独裁政権に対する反政府運動と民主化ドミノは継続中だが、イスラム原理主義の台頭など、“アラブの春”は未だ遠い。
5月2日には、9.11アメリカ同時多発テロ事件等の首謀者とされてきた、アル・カーイダ最高指導者、ウサマ・ビンラディンがアメリカ特殊部隊によって、パキスタンのアボッターバードにて殺害、事実上アメリカによる処刑だった。そして、記憶に新しいところではあるが、12月17日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の最高指導者、金正日総書記が死去した。
2月、ニュージーランドのクライストチャーチでM6.3の地震が発生、富山外国語専門学校の生徒12名を含む日本人28人が亡くなった。多くの記者たちがニュージーランドに入ったが、取材の折、「facebookをやっていないと(被災者と)コンタクト出来ない。」と話していたのが記憶にある。先のジャスミン革命もそうだったが、SNSツールは、最早、電話と同じように必要不可欠なコミュニケーションツールになった。
そんな折に、今度は、3月11日、日本で東北地方太平洋岸沖を震源とするM9.0の地震が発生した。
3.11、当初気象庁はこの地震のマグニチュードを7.9と速報したが、後に8.4、8.8、3月13日には外国の安定した遠地地形波データを用い9.0へと修正した。通常15分程度で算出できるモーメントマグニチュードだが、国内の広帯域地震計がほぼ振り切れたため対応できなかったと言う。如何にこの地震が、巨大だったかがわかる。
2000年代になってから、869年(貞観11年)の宮城から福島にかけて太平洋沖で発生したM8.4の貞観地震が知られるようになり、3.11はこの再来と言われているが、一方で、その後の調査結果から、今回と同程度の巨大地震は紀元前390年頃、允恭天皇年間(430年頃)、貞観11年(869年)、明応年間(1500年頃)と過去4回発生しており、再来間隔は450 - 800年程度と推定する報告があった。東北地方太平洋沖地震発生後に海溝型地震の長期評価見直しを進めている政府の地震調査委員会は2011年11月24日、津波堆積物の調査結果を反映して、紀元前4~3世紀頃、4~5世紀頃、869年の貞観地震、15世紀頃、今回の地震の5回三陸から房総にかけて約600年周期で海溝型地震が発生していると認定、次回の地震規模はM8.3~9.0としている。同地震により引き起こされた大津波に起因して、福島第一原子力発電所は壊滅的な被害を受け、これが大規模な原子力事故へと発展、2012年を迎えようとする現在にいたって、未だ現在進行形である。
大気に漏洩した放射性物質の量は37京Bq以上と推算、4月12日、国際原子力事象評価尺度について、暫定的ながら、史上最悪と言われる、1986年ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所事故にならび、レベル7と評価されている。なお、2号機から放出された高濃度汚染水が含む放射性物質の量は、東京電力発表の水量と濃度に基づけば330京Bqである。単純比較はできないが、福島第一原子力発電所事故によって放出されたセシウム137は広島型原爆約168個分(6月時点)、チェルノブイリ事故の放出放射性物質の総量は約400個分だったと言われている。
平成二十四年(2012年)壬辰(みずのえたつ)
揺れた。まさに大揺れの2011年だった。
日本経済の低迷は、中産階級の没落にある。単純労働が高度経済成長を支えた時代は終わった。グローバル化によって労働が海外に流出し、“中流層”が担う仕事は失われた。だが、この世界の変化にも関わらず、“中流層”は、中流階級であり続けようとする、これが既得権への執着、つまり時代を膠着させている。かつて1億総中流と言われたように、“中流層”はこの国の圧倒的多数であるからこそ、民主的にはなかなかこの膠着からは抜け出せない。仕事をしながら、その多くが、仕事の意味を見いだせず、既得権保持、時代の膠着の方棒を担ぐ、当然ながら、自己喪失感は増すばかりだろう。
そうして渇いた心を、3.11が揺るがした。そして、響いた。多くの人たちが、“人の心”を取り戻し、或いは取り戻そうと、被災地に向かった。多くの人たちが、元気を与えたいという思いで被災地を訪れ、だが、おそらく、むしろ、それより大きな何か“熱いもの”を貰ってきたのではないだろうか。人は人と繋がり、そこで何か、同じ夢を見たとき、心が震えたりするものだ。
大都会の、それも東洋一といわれる繁華街“歌舞伎町”において、地域の再生、街づくりということにかかわりつつも、やはり、心のどこかで、地域エゴの強い人たちとは思想的な衝突がいつだって違和感を与える。愛着のある人たち、街、それはそれで、大切にしたいが、一方で、東京の一極集中の、いわば象徴的な“新宿”という街が『一人勝ち』を目指す地域エゴ、理解はできるが、そんな“思想”は、必ずしも、この国を良くするわけがない。
個々の地域の個性が生かせる街づくり、一方で、他の街にある資源は資源として尊重し、犯さない、ある種の役割分担。都市間競争という言葉が私は大嫌いで、だから、歌舞伎町ならではのことは歌舞伎町でかまわない、だが、その資源はこの街でなくても・・というなら他の街に道を譲る。東京と東北の関係もそうだ。いや、むしろ、東京は、もっと生きにくく、商売も難しい、資金調達も困難な、負荷の強い街でよい。その分、例えば環境に配慮された首都として、インセンティブがあればいい。一方、地方都市には、もっと自由が、チャンスがあるような、そんな関係性の中で国家が設計されていくほうがバランスのいい国家になるのでは、そんな思想の中で、故に、歌舞伎町のような繁華街は、だからこそより規律的であって良い。規律的で不自由でなお、それでも生き残れる者だけが残る、それが歌舞伎町の新たなブランド力を創り出す礎となる。だから、まだまだこの街を、行政も警察も、甘やかしてはならない。
あの3.11、雪の降る中、ずぶ濡れた服のまま、孤独に救助を待った人たち、彼らが過ごした長い夜の寒さは、今朝の東京よりなお寒い。私自身も、5月、そして12月に被災地に出向いた。また、この1月、原発から20kmの福島・川内村に行くことにしている。
「壬辰(じんしん)」、干支を見るに思い浮かぶは、ともに女偏を足せば「妊娠」。2012年は自然の摂理に習い、これを経て、2013年の癸巳(きし)には、母は“枯れ”、子が“生まれる”、という感じか。
2011年の年度末、各企業は大手を振って赤字決算とするだろう。その分、実は、2012年度を迎えて以降、身軽になったりもする。だから、春にはどうにか時代は動き始めるかな。枯れる“母”が既得権益と、その中流層であり、2012年の“妊娠”から13年、誕生が、いわば新しい価値観へと、思想の進化の時代へ、となればいいのだが。
動く前に、今は、じっと考えている。どう動くべきかと。世界を動かせるものほど、力があるものほど、今は考えている。そういうものだ。
「壬辰」から「癸巳」と来て、なるほど、干支は2004年から13年の、この10年を『十方暮』だったことを示している。『十方暮』或いは『十方闇』とも言うが、途方に暮れるの意、四方八方十方塞がり、天地の気が相剋して、万事うまく行かない凶日のこと。そして、十方暮は「癸巳」にて終日、つまり干支は2013年に闇を抜けるを表す。となると、“闇”はあと2年か。だが、どうせ変わらざるを得ない、世界も、この国も。変わるならば、“闇”ではなく、“光”のある希望の時代へ。
▲2012.1.1 7:34 日の出は6:50予定だったが、雲がかかり、忍耐を求められた今年の初日。7:34、かろうじて雲の合間に一瞬太陽が覗いたので、これを初日の出ということに。2011年に起きた様々な事が、現在進行形のまま迎えることとなった2012年を象徴しているかのようだった。▼2012.1.1 0.34 新宿花園神社、初詣風景。
12月18日(日)歌舞伎町ルネッサンス東日本大震災復興支援イベント“歌舞伎町X'masコンサート”開催 [イベント]
Rio & Syuga―12月18日(日)歌舞伎町ルネッサンス東日本大震災復興支援イベント“歌舞伎町X'masコンサート”より
1, Tango"Jealousy"
2, DEPARTURE
3, セルリアンブルー
4, 情熱大陸 ※葉加瀬太郎カバー
12月18日(日)、歌舞伎町シネシティ広場において歌舞伎町ルネッサンス東日本大震災復興支援イベント“歌舞伎町X'masコンサート”が開催されました。
青山学院大学「青山オペレッタクラブ」(▲左)、Jazz演奏のBIGBAND(▲右)、“天才ヴァイオリニスト”Syugaこと林周雅さん(中学2年)とRio(大学4回生)のバイオリン&ピアノデュオの演奏のほか、宝塚大学の学生らによる音楽演奏を聴きながら即興でボードに絵を描く「ライブペイント」の実演が行われました。
◆歌舞伎町ルネッサンス東日本大震災復興支援イベント 歌舞伎町X'masコンサート
◇日時:2011年12月18日(日) 13:00~16:00
◇会場:歌舞伎町シネシティ広場(旧コマ劇場前)
◇概要:ヴァイオリン演奏、ライブペインティング、BIGBANDによる演奏、コーラス
◇主催:歌舞伎町タウン・マネージメント
◇後援:新宿区、歌舞伎町商店街振興組合
◇協力:宝塚大学東京メディアコンテンツ学部、歌舞伎町音楽振興企画実行委員会
12/24 歌舞伎町シネシティ広場にて「異・次・元っ☆ほーりーくりすます」(イジクリ)開催

2011/12/24・・・クリスマスの歌舞伎町を、「ヲタク」が占拠する・・!!!
ハコから飛び出たクラブイベント、その名も「イジクリ」!!
アニソン・声優・東方・ボカロ・電波しかかかりませんっ
コスプレもヲタ芸も乾杯厨も踊ってみたもいらっしゃい☆
サンタさんからの最高のプレゼントだよっ
2011年12月24日(土)
14:00~20:00 新宿コマ劇場前シネシティ広場
一般参加 \2,500
mixi参加表明・フライヤー持参 \2,000
DJ&MC
サジ(Chaos Party/ラグナロウ)、YaG(東方わぁい/NineMusez)、なかのひろし(WOTAKU WORLD WAVE)、ゆめと(ミネオカ倶楽部)、KEN-G(Chaos Party)、チノル(29歳)
11月19日(土)~12月3日(土)『歌舞伎町アートサイト/パブリックメディアアートの挑戦』シネシティ広場と大久保公園で開催 [イベント]
歌舞伎町アートサイト/副題:パブリックメディアアートの挑戦
共催企画:スクール・リサーチ・プロジェクト
◇開催期間:2011年11月19日(土)~12月3日(土)(15日間)
◇会場
・ シネシティ広場(旧コマ劇場前) 東京都新宿区歌舞伎町?1-19
・ 大久保公園 東京都新宿区歌舞伎町2-43◇ディレクション
野口靖(東京工芸大学芸術学部インタラクティブメディア?学科講師)
◇組織
主催:東京工芸大学
共催:歌舞伎町タウン・マネージメント
企画運営:東京工芸大学インタラクティブメディア学科
事務局:東京工芸大学インタラクティブメディア学科野口?研究室
〒243-0297 神奈川県厚木市飯山1583 tel. fax. 046-242-9635
noguchi45213_at_int.t-koug?ei.ac.jp◇協力
アーティスツ・ギルド/エプソン販売/株式会社アコースティックフィールド/株式会社ナカダイ/慶応義塾大学/多摩美術大学/丸紅情報システムズ株式会社
◆トークイベント
◇第1回 11/26(土)パブリックメディアアート:公共空間におけるメディアアートの展開とその可能性
1990年代以降、全世界的にコンピュータテクノロジーを駆使したパブリックアートのイベントやパフォーマンスが急増しました。この事実は、アーティスト達が従来の環境に飽き足らず、新たな空間を探し求めた結果だと言えます。それらの時代背景や意味を探るとともに、参加作家の話を中心に、日本におけるパブリックメディアアートの可能性を論じます。
出演者:
浅野 耕平(アーティスト・東京工芸大学インタラクティブメディア学科助教)
ギル 久野(アーティスト)
クワクボ リョウタ(アーティスト)
森山 朋絵(キュレーター/東京都現代美術館学芸員)
渡邊 淳司(知覚研究者・NTT コミュニケーション科学基礎研究所リサーチスペシャリスト)
野口 靖(本展ディレクター・東京工芸大学インタラクティブメディア学科講師)
日時:11/26(土)15:00-17:00
会場:東急ミラノビル4階 会議室
◇第2回 12/3(土) 都市に介入するアート・建築:現状とその展望
近年、パブリック・インターヴェンション(公共への介入)、アーバン・インターヴェンション(都市空間への介入)という言葉に代表されるように、様々な形でアーティストが公共空間を舞台にプロジェクトを挿入する形態が増えています。これらの状況は、近年の建築や都市計画の動向とも呼応します。このトークイベントでは、参加作家のお話を伺うと共に、都市に介入するプロジェクトについてアートや建築などの事例を中心に俯瞰しながら、それらの意義や今後の展望を論じます。
出演者:
筧 康明(メディアアーティスト・慶應義塾大学環境情報学部准教授)
鍛 佳代子(東京工芸大学建築学科講師)
近藤 健一(森美術館アソシエイト・キュレーター)
前林 明次(アーティスト・情報科学芸術大学院大学准教授)
野口 靖(本展ディレクター・東京工芸大学インタラクティブメディア学科講師)
日時:12/3(土)14:00-16:00
会場:新宿歌舞伎町ハイジア 4階研修室
◆映像上映イベント
シネシティ広場のコンテナ壁面にギル久野の映像インスタレーション、木村悟之、H584の映像作品等を投影します(実施日時は予定)。
実施日:11/19(土) ・11/25(金) ・11/26(土)
時間:17:00-21:00
前林明次によるSonic Interface/Sonic Interfaceは、「拡張された耳」として見聞きするものを著しく乖離させ、わたしたちの日常的な空間や時間の感覚を惑わせます。そして、この装置を身につけ都市空間に侵入するとき、そこは「見知らぬ場所」へと変貌していきます。この作品は1999年に制作されてから、東京を始めロッテルダム、モントリオール、マンチェスター、ニューヨーク、バルセロナ等、世界の様々な都市での展示を経験してきました。今回、2011年の新宿・歌舞伎町で、この作品を通じてどのような言葉を体験者と共有できるのか、とても楽しみにしています。(前林明次)
実施日:11/19(土)・ 11/20(日)・11/26(土)・11/27(日)・12/3(土)
時間:12:00-18:30(18:30は最終受付)
体験時間:15~20分
◆サッカード・ディスプレイ展示
安藤 英由樹+渡邊 淳司+田畑 哲稔+Maria Adriana Verdaasdonkによるサッカード・ディスプレイをコンテナ上に展示します。1列の光源の前で、まばたきをしたりキョロキョロと眼を動かすと、そこから2次元イメージを見ることができるサッカード・ディスプレイを利用し、インスタレーション展示を行います。サッカード・ディスプレイから現れるコンテンツは、一見、新宿から連想されないものですが、逆にそれらの連なりは新宿を対比的に象徴しています。本作品は会期中常時展示されていますが、ディスプレイは暗い環境でよく見えるので、17時から19時の間にご覧いただくのが最適です。
http://www.junji.org/saccade/
http://www.66bcell.com/
11月12日 第2回 歌舞伎町ダンスコンテスト(本選)開催―"Street dance Contest in Kabukicho"『ダンスを見せろ!世界に見せろ!』 [イベント]
第2回 歌舞伎町ダンスコンテスト(本選)
2011/11/12 "Street dance Contest in Kabukicho"―『ダンスを見せろ!世界に見せろ!』
▼最優秀賞(区長賞)に選ばれたLEMU
第2回歌舞伎町ダンスコンテスト 11月12日(土)開催
■新宿歌舞伎町シネシティ広場
■ダンス時間:1チーム:3分以内
■参加チーム:18
■歌舞伎町ダンスコンテスト公式サイト http://16beats.jp/
9月10日開催の予選会にて人気投票上位などの18チーム参加による本選大会。主催:歌舞伎町ダンスコンテスト実行委員会
共催:歌舞伎町タウン・マネージメント 歌舞伎町商店街振興組合
後援:新宿区
◇コンテスト参加
1. hinanami
2. ジャンキーFOOD
3. UNLTD★BLAQ
4. 8☆ELEMENTS
5. KT smile
6. Honey Beat
7. 2LDK
8. LEMU
9. α
10. four♡Kiss
11. PAPAYANS
12. king of stage
13. 三丸大サーカス
14. Shelleap
15. ヲタル
16. GLC!!
17. HALメン
18. アクロダンスCat's愛
第1回(予選2/10・本選4/23)第2回(予選9/10・本選11/12)と4回のイベントを、ここまでは歌舞伎町商店街振興組合の未来会議座長でもある杉山元茂氏によって手弁当で開催してきた。発信や外回りに関してはまだまだ予算を欠けて来れなかった分、心もとない面もあるが、クオリティは驚くほど高い(と思う)だけに、今後に期待したいイベントである。
現実にはKidsのダンサーたちの発表の場が少ないこと、体操などで体育大などを出てもアクロバットやパフォーマンスでギャラを得て活躍する場が皆無であることなどから、すそ野は広いものの、例えばニューヨークのストリートダンスカルチャーがブロードウェイに繋がっている的なものが日本にはなかなかない。そういった意味では、今後これをどう育てていけばいいのか難しさもあるかもしれないが、『日本のストリートカルチャーの聖地』とも言えそうな、この歌舞伎町ならではのコンテンツとして、今後もう少し予算面や関係者を増やしながら育てていく方向性。
歌舞伎町シネシティ広場でアジアンビューティ饗宴―2011/11/3 The Supermodel Asian Beauty Contest 2011開催 [イベント]
The Supermodel Asian Beauty Contest
■開催日
2011年11月3日(木・祝)※文化の日
■開催場所
歌舞伎町シネシティ広場(旧新宿コマ劇場前広場特設屋外ステージ)
"The Supermodel"は、新宿区が歌舞伎町を「新しい文化創造と発信のまちへの転換」として進めている「歌舞伎町ルネッサンスプロジェクト」に賛同し、その先駆けとしてファッション・エンターテイメントを発信すべく Asian Beauty Contest 2011を新宿歌舞伎町で開催。
[The Supermodel]とは、いわゆるスーパーモデルたちの普段のライフスタイルをイメージしたライセンスブランドです。ビジネスシーンでの大きな柱はファッション・ヘルス・ビューティー・エコロジー。
過去イメージキャラクターとして起用したのは、世界で活躍するトップモデルたちです。ナオミ・キャンベル、リンダ・エヴァンジェリスタ、カレン・マルダー、ヴェンデラ・カースボン、トリシュ・ゴフ、レティシア・キャスタ、ララ・ハリスなどそうそうたるメンバーです。
■主催
The Supermodel Asian Beauty Contest 2011 実行委員会
■共催
歌舞伎町タウンマネージメント
一般社団法人 国際文化芸術交流協会
◇コンテスト受賞内容
※ 1年間 The Supermodel での活動参加(専属契約も可能)The CUE Japan
※ 資質が認められる場合、モデル・タレント・女優・歌手など活動支援
※ 受賞者は「The CUE Japan」(タイの富裕層向け日本情報雑誌)の表紙モデルが決まっています
※ 参加者の中より基準を満たしている方は、2012 YUMI KATSURA PARIS GRAND COLLECTIONへ出演の可能性があります◇コンテスト参加資格
「The Supermodel Asian Beauty Contest 2011」への参加者は、アジア各国(日本、韓国、中国、シンガポール、マレーシア、インド、ミャンマー、台湾、香港、フィリピン、インドネシア、タイ、モンゴル、ベトナム、スリランカ、パキスタン、トルコ、レバノン、カザフスタン、キルギスタン)の国内選考受賞者となります。
The Supermodel Asian Beauty Contest 2011、コンテスト出場者らのデモンストレーションにて、グランプリ受賞のTAN YIN YIN (SINGAPORE)、インタビューはKino。
フォトジェニック賞:SO SOU(MACAU)、アジアンビューティー賞 : PORNPHATTRA THAWEEPHANTURAT(THAI)、タレント賞:HOANG NGAN(VIETNAM)
最近歌舞伎町のイベントではお馴染のK-popアーティスト、Kino、SOS、Seedらによるステージングは、アジアンビューティ美の饗宴の前後を盛り上げ。モデルらのエスコート役もつとめた。
このThe Supermodel Asian Beauty Contestは、KinoやSOSが所属するプロダクションJ&K絡みで歌舞伎町での開催になったこともあって、J&Kのサポートの徹底ぶりが目に付いた。あるいは、K-popアーティストらによる野外ライブがメインかと見まがう様相であったが、まぁ、それはそれとして。"Supermodel"といっても、彼女たちが所謂スーパーモデルと呼ばれるようなタレントではないことを一応書いておく。いわば、そういうものを目指しているコたち、加えて、"Supermodel"も単なるブランド名であることを書いておく。無論、彼女たちが美しくなかったわけではないし、十分ステージ映えしてました。念のため。
ざっと、11月の歌舞伎町イベント予定としては、第4回歌舞伎町農山村ふれあい市場(大久保公園、2011年11月6日 10:00~16:00)、新宿マルイ本館×新宿社協×グリーンバードコラボ朝掃除(マルイ新宿本館裏集合、2011年11月9日 9:00~)、世界のCMフェスティバル2011 in TOKYO(新宿ミラノ1、2011年11月11日 22:00~、11月12日 22:00~)、第2回歌舞伎町ストリートダンスコンテスト本選大会(シネシティ広場、2011年11月12日 14:00~)、第9回新宿・花園フリーマーケット(ゴールデン街フリマ:新宿三光商店街振興組合)(2011年11月13日 11:00~)、歌舞伎町アートサイト パブリックメディアアートの挑戦(シネシティ広場、2011年11月19日~)などが続く。また、ここ最近恒例になってきたシネシティ広場でのDJクラブイベントは12月にも計画されている。イベントスケジュールは、分かり次第facebook歌舞伎町ページに反映するようにしていきます。





































