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11月9日(木)平成29年度秋の火災予防運動スタート、歌舞伎町にて「2017ファイアーフェスタin新宿歌舞伎町」が開催。 [まちづくり]


平成29年度秋の火災予防運動が11月9日(木)から11月15日(水)までの7日間実施されるに伴い、東京消防庁は、歌舞伎町にて俳優の山本耕史さんを一日消防署長に迎え、「2017ファイアーフェスタin新宿歌舞伎町」を開催しました。


平成29年度 全国統一防火標語は、『火の用心 ことばを形に 習慣に』、火災の怖さは多くの人が死傷することが少なくなく、近隣へ被害が拡大する場合も多いことです。
今火災予防運動の重点項目は、
①住宅防火対策の推進
②乾燥時及び強風時火災発生防止対策の推進
③放火火災防止対策の推進
④特定防火対象物等における防火安全対策の徹底
⑤製品火災の発生防止に向けた取組の推進
⑥多数の者が集合する催しに対する火災予防指導等の徹底


「2017ファイアーフェスタin新宿歌舞伎町」は11月9日(木)の朝9時から昼頃まで、ゴジラロード(セントラルロード)の新宿東宝ビル前やシネシティ広場にて、火災予防の啓発パレードや、新宿東宝ビルでの爆発テロを想定した消防演習には、はしご車、消防ヘリコプターなどの消防車両とともに、新宿消防団、新宿東宝ビルやホテルグレイスリー新宿の自衛消防隊も参加、新宿駅周辺の各商店街や地元事業者の方々もこれを見学する形で行われました。
一日消防署長を務めた山本耕史さんは都民へのメッセージとして「1人ひとりが防災の意識を高く持つことで、たくさんの被害や災害が防ぐことができる」と呼びかけました。



例えば雑居ビル上階の飲食店やホテル上層階に泊まったときなどは、個人的には避難経路をざっと確認するほうです。
安心できるジェットコースターはつまらないが、安全でないジェットコースターには乗りたくない、歌舞伎町という街には多分そういうところがありますよね。そしてこの街は、2001年に雑居ビル火災で44名の尊い命を失った街ですし、先だって始まった酉の市ですが、三の酉まである年は火災が多いと言われたりもします。防災意識や適度の緊張は粛々とでいいと思うので、それは持ちつつ、今年もあと二か月、歌舞伎町をお楽しみください。



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11月1日(水) 歌舞伎町区役所通りのイルミネーションが点灯。来年2月末まで、午後4時半より翌朝まで街に光を灯します。 [季節]


今年も、歌舞伎町、冬の風物詩、区役所通りの約90本のカエデやイチョウの街路樹に、約12万個の発光ダイオードが灯されました。
このイルミネーションはNPO法人 新宿歌舞伎町区役所通り3Aの会、チェックメイトビルのオーナーでもある藤澤薫氏(理事長)が主催、平成18年の第1回目のイルミネーション以来、彼女が中心となり、近隣有志の寄付によって費用を捻出、実施されています。街路樹にワイングラズやダイアモンドをモチーフにしたイルミネーションという、夜の街らしいデザインと、2020年東京オリンピック開催に向けて、ワイングラスのイルミネーションのいくつかが、五輪カラーになっている演出は昨年に続いて。本日、11月1日点灯開始、来年2月末までの4ヶ月間、午後4時半より翌朝まで毎日点灯されます。


第12回新宿区役所通りイルミネーション寄付のご案内
_DSC7540_sub.jpg

■郵便振替口座を利用(所定の払い込み手数料が別途かかります。)

口座番号 00150-9-262182
口座名義 特定非営利活動法人新宿歌舞伎町区役所通り3Aの会
通信欄 「寄付金」とお書きください。

受領証をご希望の場合は、お名前とご住所を明記の上、通信欄に「受領証希望」とご記入ください。

■銀行振り込みを利用(所定の振込み手数料が別途かかります。)
金融機関名 三井住友銀行
支店名 新宿支店
口座種別 普通
口座番号 3864302
口座名義 特定非営利活動法人  新宿歌舞伎町区役所通り3Aの会

〔お問合せ先〕特定非営利活動法人 新宿歌舞伎町区役所通り3Aの会
東京都新宿区歌舞伎町2-23-12 チェックメイトビル
TEL 03-3209-2238  FAX 03-3209-2459
http://www.npo-3a.org/


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2017.10.25 ドイツ公共放送ARD番組「遠い国への旅~東京編」歌舞伎町ロケ [その他]

ドイツ公共放送ARDの年末~年始にやる特集番組「遠い国への旅」は、2018年1月放送回にて東京特集をやるとのことで、この日はそれの歌舞伎町ロケを敢行。
以前フリーのドイツ人記者のアテンドをして以来(これはなんかの新聞記事になったらしい)、先日のNeon Magagine Germany、そして今回のARDとやけにドイツと縁ができまして、アテンド&コーディネート。歌舞伎町に関心いただきありがたいです。ARDの記者とカメラマン、なぜか二人ともおなじ名前のステファンさん(しかもデカイw)、それに通訳兼コーディネーターの高橋さんと。
東京特集ということで、歌舞伎町以外もいろいろ回らなければいけないらしいのですが、連日の雨で取材がだいぶ滞っているようで、ゴクロウサマですって感じでした。歌舞伎町は、というと、いくつか候補をあげて検討してもらった中から、こうした(写真参照)感じになりました。キャバクラやホストクラブは今回は企画段階で却下。。
ゴジラ咆哮からスタート、グレイスリー新宿の8Fからも撮って、商店街のパトロールインタビューを挟み、VR ZONE SHINJUKU、最近ホットなスポットになりつつあるJimushono1Kai(歌舞伎町ブックセンター)、わりと新しめの表向けコンテンツを見せ、説明しつつ街並み風景を抑え、からの最後はゴールデン街へ。
「外国人観光客」という括りでは歌舞伎町へたくさんやってきているなあと理解はしてましたが、ことドイツ人は?と改めてスポットをあててみると、例えばホテル宿泊者数で言うと全体の1%もいないんですね。
という意味では、ドイツ向けのPRは歌舞伎町では、まだまだ伸びしろありってことになるのかな。
どこの国からという統計は取れていないですが、VR ZONE SHINJUKUの集客(平日平均600人/日くらい)の半分が外国人観光客なんです。これは割合では当初予想より遥かに大きく、店舗のマネージャー曰く「VRは日本人より外国人のほうがかなり食いつきがいい」とのこと。ステファン両氏にはマリオカートを体験させてみたんですが、かなり興奮してました。おかげで、VR ZONE SHINJUKUの撮れ高が偏ってしまったかも・・ただカメラのステファンが少し酔ったようで調子悪く、そのあとの取材がちょっとしんどそうでした^^;
Jimushono1Kaiの歌舞伎町ブックセンターは、ホスト店員である武蔵くんにインタビューを受けてもらいました。ただ、現役ホストで店舗幹部でもある彼の「ホストクラブ」の話のほうがステファンの興味を引いたようで、インタビューは書店よりややホストよりになってしまった感が。その流れでJimushono1Kaiのアヤちゃんに付き添ってもらって、ゴールデン街へ。この時点で20時過ぎ、まだ浅すぎて営業している店も人もまばらで、流民やダストを覗くも結局その時点でほどよい客が入ってたmiso soupにて撮影。
ステファン曰く、歌舞伎町はハンブルグっぽいって言ってました。でも、ここのスケール、密集度はないと。番組では使わないけど、アンダーグラウンドな話もいろいろしました。使われたとしてもナレーションベースでしょうが。これは歌舞伎町に限らず、歓楽街っていう場所は観光地ではないので、不可視なところにほんとうの面白さがあったりするのだが、そこは微妙にグレーだったりイリーガルなものも多いというのはどこも一緒で、そういう情報をどこまで提供するのか、コンプライアンス的にしないとするのか、例えばコンシェルジュの現場などには相当ジレンマがあるのだが、という話をすると、ドイツで、そういうどっかのイリガールな面白いものだけを特集した番組?かなんかがあって、それはすごい反響があったそうです。そうなんだよね~・・みんなが本当に知りたいところは。まあ歌舞伎町では、そういうのも含めての情報インフラが開示しないまでもある程度あって、それでやれてる部分もあるのだが、本当は、地方の歓楽街ほどもっと積極的にそこを触れたらいいのになあと思ったり。
このARDの番組、東京観光財団のサポート、要は「東京都」のスポンサード、所謂助成を受けているのだとか。税金を使ってこんな感じで、海外でインバウンド向けプロモーション、してるのですね。なわけで、使えない話は余計使えないでカットでしょうが、ドイツ製作の、振り返っての日本で一部下請けさせてもらったのでした。放送はドイツARDのネットワークで来年1月だそうです。
撮影協力:
歌舞伎町商店街振興組合、新宿三光商店街振興組合
ホテルグレイスリー新宿、VR ZONE SHINJUKU、 Jimushono1kai × kiitos、歌舞伎町ブックセンター、流民、miso soup

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10月7日(土)歌舞伎町『初』書店、「歌舞伎町ブックセンター」がオープン [その他]

10月7日(土)歌舞伎町『初』書店、「歌舞伎町ブックセンター」がオープンします。
歌舞伎町でホストクラブやバーを経営するSmappa!Groupの会長、手塚マキ君(40)がオーナーで、彼の事務所の建物の1Fにあるバースペース(Jimushono1Kai)に併設される形で開業しました。
6日はメディア向けの内覧とレセプションということで、写真はその時のものです。
それらから、こだわりの選書、関わった人たちの思いを感じ取ってください。
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この度、新宿・歌舞伎町に「LOVE」がテーマの本だけを取り扱う「歌舞伎町ブックセンター」がオープンいたします。
お店では本に詳しいスタッフがホスト&ホステス書店員として案内を務めるほか、プロジェクターのある店内を利用して様々なイベントを開催できるコミュニティブックスペースとして歌舞伎町を盛り上げていく予定です。
【歌舞伎町ブックセンターの概要】
「歌舞伎町ブックセンター」は、歌舞伎町のホストクラブ「Smappa! Group」の事務所の1階のイベント・カフェスペース「jimushono1kai」に併設される形でオープンいたします。
歌舞伎町の中心で、大きなプロジェクターを利用したイベントを開催したり、バースペースで提供されるコーヒーやお酒を楽しみながら、本を片手に語り合うことが可能です。
「歌舞伎町ブックセンター」のテーマは、ずばり【LOVE】。
本棚には【LOVE】に関連した様々な本が並び、恋に悩む人や、愛とはなにかを考える人々が気軽に立ち寄ることのできる、歌舞伎町らしい本屋として、お昼から夕方にかけてオープンしています。
店内の個性豊かな本を来店者に紹介するのは、豊富な知識とトーク力をもった “ホスト書店員”たち。来店者一人一人に本をお勧めしたり、本についてトークを繰り広げたりと、独自のサービスでじっくり本と触れ合える時間をご提供します。
「本が売れない」と呼ばれる現在、出版社や書店の倒産、閉鎖が相次いでいます。
本の魅力と書店の魅力を伝えるために、我々は誰もが立ち入ったことのない事業へ挑戦していきます。
歌舞伎町らしい、日本らしい、最高に面白い書店を作るべく、前を向いて進んでいきます。
~~~~~

・オーナー&ホスト書店員総帥 : 手塚マキ
本って一冊読み切らなくてもいいと思います。
本屋さんって本を買うためだけに行かなくてもいいと思います。
ぱらっとめくって出逢う1行に心を救われることもあると思います。
本屋で人に出逢ってもいいと思います。
本は決して主役じゃないです。
読まなくても持ち歩いていると安心する本でもいいし、インテリアとして飾る本でもいい。
本は、僕らの生活に彩りを加えてくれるリアルな存在だと思います。
「あと、もう一杯」の代わりに1冊の本を!
そんな日があってもいいかな!!
気軽に飲みに本屋に来てください。
~~~~~
・プロデューサー&カリスマホスト書店員 : 草彅洋平
「歌舞伎の演舞場を建設し、これを中核として芸能施設を集め、新東京の最も健全な家庭センターを建設する」
それが戦後焼け野原になった新宿を復興する際に、石川栄耀らによって出された復興案のスローガンでした。
それが今では数千軒を数えるバー、キャバレー、ホストクラブ、ラブホテルなどが密集したエリアとなり、健全かはともかく、「東洋一の歓楽街」、「欲望の迷宮都市」、「外国人労働者の新租界」、「不夜城」などの異名を複数持った場所に育ちました。
我々は世界でも有数の夜の盛り場を誇らしく思うとともに、「新東京の最も健全な家庭センター」である書店を作るべく、「LOVE」をテーマにした一大テーマパークを建設いたします。
~~~~~
・ブックセレクト&ホスト書店長 : 柳下恭平
本を読むって、とてもむつかしい、とても大変なことのように思えるかもしれないけど、単に会話のきっかけでいいんだと思います。
お酒を薦めるときのように、本を薦める。
愛について語り合うときのように、本について語り合う。
本をただ売るだけのお店じゃなくて、本がコミュニケーションの中心のお店だったら、とても歌舞伎町らしいと思いませんか?
そういう「その土地らしさ」こそが本来の本屋の魅力なのだと思います。
今回、僕は歌舞伎町ブックセンターという書店にふさわしい、より、この街らしい「LOVE」についての本を集めました。
この街らしい本について、この街で語り合って、この街で買う。それって、普通に本を一冊買う以上の価値を生み出していると思うんです。
これがどういうチャレンジになるのかはわかりません。ただ、歌舞伎町ブックセンターが、不況を纏い続ける出版業界に対して、一石を投じられるような形になれば良いなと思っています。

~~~~~
「歌舞伎町ブックセンター」
住所:新宿区歌舞伎町2-28-14
営業時間:11:00-17:00
TEL: 03-6380-2259 /office 03-6380-3990
メールアドレス:kabukibookcenter@gmail.com
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思えば、2年ぐらい前だったか、手塚くんは、自社のスタッフ(ホストたち)に対し、本を買って読んでその感想をSNSで発信したら、本を社で買い取りますっていうことをしていた。
実際には、それは、それほど回らなかったようだけど、ほかにも、ホストたちにソムリエに資格をとらせるために自らワインスクールを立ち上げてみたりと、一貫していたのは、スタッフの人間力とでもいうか、平たく言えば「教育」というか、大きく言えば、水商売の社会的地位向上につながる何かってことであって。
ちょうどそのころ、歌舞伎町商店街振興組合ビル1Fで、マルハンの両替所が入ることになってたスペースが急遽開き、手塚君がそこを「TOCACOCAN(等価交換)」という名のネット放送スタジオを始めた。番組などでたびたび協力をしてた合間に、手塚くんとはもう12年位のつきあいになるのだが、ちょうどこのあたりからか、『街』についてよく彼と話をするようになった。そんな中で、歌舞伎町に「文化サロン」的な場所をつくれないかな~っというのがあった。
TOCACOCANもそういった意図はあったものの、やはりちょっとなんというか線が細いというか、過去形というか、リアルさにかけるというか。歌舞伎町を舞台に踊り手はいるんだけど、そのもうちょっと敷居をあげた『文化人』ってのがいない。
その時、一つ、例としてあげたのが、田辺茂一氏。紀伊國屋創業者の話。明治の生まれの彼が、新宿で備長炭商「紀伊國屋」から、昭和に入ってまもなく創業した書店が、今の「紀伊國屋」。同人誌を創刊することで、幾多の文化人たちと近づき、彼らとの親交の中で、創業時から経営よりも夜な夜な銀座で飲み歩く、茂一の異名は「夜の市長」だったそうだ。単なる炭やが、の単(たん)はダジャレかなんてネタにもなったりしてたようだが、自身も何冊も執筆、ホール経営の傍ら文化事業にも注力、しかし何より茂一の性格というか、愛らしいキャラクターによるところが大きいかと思うが、彼はずっと、新宿の文化よりの界隈では中心にあった。会ったわけではないが、なんとなく、手塚くんのキャラが、どこか茂一っぽいというか、そういうイメージからなのだが、本屋、やってみない?というのはそのあたりからのことだ。
多分そのころは、彼はそれほど気にも留めてなかったようだが、そこらへんが、今度の歌舞伎町ブックセンターの「種」かと思う。無論、本屋なんてどうやればできるんだろ、なんか資格とかいるんだっけ?みたいなところから、彼の出会いの中で、何かが繋がったのだろう。数ヶ月前に、本屋、やることにしました!って聞いたのは。嬉しくもあり、でも、うまくいくのだろうかとやはりちょっと心配で。
メディア向けのアナウンスはさておき、あざといようで、実は、ほんとにまっすぐ、本屋をやろうとしたのです。人は生きることでいろんなものを失い続けます。時間、夢、希望・・・だから、失ったものを埋めるかのように、様々なものを求めるわけですが、無論「本」もだが、それ以上に、「本」を介して起こる何かが、そこを満たす一つになれればいいのかもしれない。
スタッフの教育上であるとか、今や、公においても歌舞伎町の真ん中に立ちつつある彼が思う、この街、もっとこうしていきたいとか、「文化」って言葉に、本当は一抹のいやらしさを感じなくもないが、でも、サロンはあったらいいと思う。
なぜ、サロンか、というと。市民が集い、憩い、議論する場、それが『民主主義』であり、『都市』の原点だからなのです。これは、ボクがかつて書いた文章からの引用です。
「歌舞伎町の名付け親となった石川栄耀が理想とした都市構造は、中心に広場があり、そこに市民が集い、憩い、議論する、民主的市民社会に支えられる西欧型の都市構造だった。例えば、市民による街の清掃も都市計画の一部であると考えていたという。都市の風格というものは、市民の心や行動によって生まれるものであり、そこに集まる人々の生活や姿が、すなわち街の姿であると考えていた。「都市は人なり」これが石川栄耀の残した言葉である。
(都市は人なり~ History of Kabukicho http://www.kabukicho.or.jp/history.php?lang=jp より)」
これを機会に、少しだけでも、歌舞伎町に愛着を感じられる「場」になってくれたらいいなと思います。さて、いよいよこの街「初」の書店、「歌舞伎町ブックセンター」オープンです。



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平成29年9月17日(日) 新宿十二社熊野神社例大祭 角筈連合睦神輿渡御 [祭]

旧角筈(昭和23年までの呼称、現在の西新宿から新宿駅周辺、歌舞伎町1丁目)13睦は、十二社の熊野神社の氏子で、毎年、秋のこの時季に例大祭を執り行います。例大祭には表の年と裏の年が2回、3年の周期で繰り返されており、表の年の本社神輿は大きく荘厳な雰囲気で執り行われるのに対し、裏年には各睦による村神輿渡御や連合が行われます。


Shinjuku Juniso - Kumano Shrine’s Annual Festival [September 17th ,2017]

The district previously known as Tsunohazu spans from Shinjuku Station’s west to east exits (and even as far as Kabukicho). Shinjuku Juniso: Kumano Shrine is in this area. e Kumano Shrine’s very dicult, and traditional way of carrying their portable shrine is called “Chidori Katsugi”, which has an important culture heritage.
Both “Chidori Katsugi” and “Yotsuya Katsugi” (of Suga Shrine, Shinjuku Suga) are very unique styles. The word “chidori” means a drunkard’s walk. “Chidori Katsugi”however, is a bit dierent, in that they walk with sliding feet.

Yan festival, once every 3 years.Yin festival, twice every 3 years. Juniso Kumano shrine’s annual festival has a 3-year-cycle. In the Yan festival, 2 big portable shrines (1.5t each) parade around Shinjuku station. In the Yin festival, each area’s portable shrine parade around Shinjuku and other towns, the shrine associations unite, and a handful of portable shrines parade around Shinjuku station.  The parade’s dynamic views are a pleasure to see.


さて、平成29年9月17日(日)、台風18号の影響で秋雨前線による雨天の中、新宿十二社熊野神社例大祭において、新宿駅周辺五睦による角筈連合睦神輿渡御が執り行われました。
角筈連合とは、熊野神社氏子13睦のうち旧角筈地区の睦による連合渡御で、今年は角一南部、角一東部、西口、西新一、歌舞伎町の新宿駅東西5睦による連合渡御となりました。

近年、歌舞伎町睦では、佐藤清氏から片桐真介氏へと渡御長交代をきっかけに世代の若返りが進んでいます。
熊野神社の担ぎ方は『千鳥』、千鳥足と言ってもふらふら酔っ払い歩きをするというわけではなく、鉦(チャンチキ)のリズムにあわせて小刻みに足踏みし、ちょこちょこ摺り足で進む感じなのですが、なかなかこれが、慣れないと難しい。
また、神輿の先棒・花棒は肩で担ぐのではなく、首の後ろをつけ、腰を突き出し脚をぴんと張って千鳥足で進むところも特徴でしょう。江戸前の「そいや そーれ」と違い、「おいさぁ ちょいさぁ」がこの担ぎ方の掛け声です。
昨年はじめて行った女神輿渡御は、今年も新宿東口ビックロ裏(双葉通り)から角筈連合5睦が、神輿を各睦の女性だけで上げてアルタ前まで連合渡御を行いました。

歌舞伎町の女神輿渡御長は柴本亜理砂、セントラルロードのお好み焼き店「大阪屋」の女将が女神輿を仕切ります。
連合渡御は西口の小田急電鉄本社前で解散、歌舞伎町睦はその後、歌舞伎町に戻り、神酒所のある歌舞伎町弁天堂(歌舞伎町公園)に向かい宮入、祭りを締めくくりました。



◎平成二十九年 歌舞伎町神輿渡御(歌舞伎町睦)
9月17日(日)
《町内渡御》
11:15 歌舞伎町睦出発式
11:30 宮出し
12:10 籔花軒前到着(休憩)
12:30 籔花兼前出発
12:45 シネシティ広場到着
《角筈連合神輿渡御》
13:00 シネシティ広場集合
13:15 角筈連合神輿渡御出発式
13:45 シネシティ広場より連合渡御出発
14:28 ビックロ裏到着
(女神輿渡御※女性の担ぎ手のみに交代)
14:33 ビックロ裏出発
15:03 アルタ前到着
15:18 アルタ前出発
16:45 小田急電鉄ビル前到着 角筈連合解散式
※歌舞伎町睦は歌舞伎町へ
17:40 宮入

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写真には写っていない、多くの方々の下支えあってこその祭りでもあります。
そうした皆さまを筆頭に、また、この雨の中、神輿を担ぎに来てくれた方々、そしてそれを見守ってくれた町内の皆様、来街者の皆様に深く深く感謝を込めて。
ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。

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歌舞伎町が忘れてはならない記憶-44名の尊い命を犠牲にした歌舞伎町ビル火災(2001年9月1日)、あれから16年。 [その他]


9月1日。2001年この日の未明(午前1時頃)に歌舞伎町で起きた44名の犠牲者を出した明星56ビル火災、あの日から16年目が経ちました。現場は歌舞伎町劇場通り一番街(新宿区歌舞伎町1-18-4)、明星56ビルは今はもうなく、ここには低層の飲食店が営業をしています。やむをえないというか、年毎に薄れていく記憶の中でひっそりと、この日も、数人の遺族の方たちが遠くからいらして、現場に花を手向ける姿がありました。働く側の人たちの入れ替わりも早く、また、街で遊ぶ客も働く者も若い歌舞伎町、30歳以下となると、ほとんど知らないか、もしくは漠然とした記憶という、16年の月日が経ったわけで、それもやむを得ないとは思いますが、2001年9月1日に44名の方が亡くなった日本で戦後5番目の大惨事が歌舞伎町で起きた、この事件(事故)のことを振り返っておこうと思います。


◆2001年9月1日未明の歌舞伎町ビル火災◆

20010901歌舞伎町ビル火災現場.jpg

2001年9月1日に東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビル「明星(みょうじょう)56ビル」で起きた火災。44名が死亡し、日本で戦後5番目の大惨事となった。多くの死傷者を出した原因は、ビル内の避難通路の確保が不十分であったためとされる。出火原因は放火と見られているが犯人はまだ不明。(2010年4月の改正刑事訴訟法成立後、公訴時効消滅)

◇新宿区歌舞伎町ビル火災の概要(消防資料による)

1 発生日時等
  発  生:平成13年9月1日(土) 調査中
  覚  知:     〃       01時01分(119番による)
  延焼防止:    〃       02時14分
  鎮  圧:     〃       05時36分
  鎮  火:     〃       06時44分

2 出火場所
  東京都新宿区歌舞伎町1丁目18-4 明星(ミョウジョウ)56ビル
  耐火4階建 地下2階地上4階 複合用途

建築面積 83.07平方メートル 延床面積 497.65平方メートル(建物所有者 (有)久留米興産)
着工    S59年10月 1日 使用検査 S60年11月22日

B2  76.78平方メートル 機械室、ニュークラブレイン
B1  74.60平方メートル カジノパラダイスクイン
1階 82.43平方メートル 風俗店無料案内センター
2階   〃           ナースイメクラ(セクハラクリニック)
3階   〃           ゲーム麻雀一休       
4階   〃           キャバクラ(スーパールーズ)

3 概要
3階麻雀店から出火し、4階飲食店に延焼拡大した。3階80平方メートル、4階80平方メートルで延焼防止。なお、出火時3,4階に多数の逃げ遅れ者がいた。
(特記事項)
屋内階段は1ヵ所かつ狭隘で、3階から4階の階段はロッカーが多数置いてあり、消防隊の活動障害となった。3,4階の階段の防火戸が開放されていたため、火炎の拡散が早かった。 

4 焼損程度
3階部分80平方メートル、4階部分80平方メートル、計160平方メートル焼損

5 死傷者
(1)死 者 44人(男性32人、女性12人)
(2)負傷者 3人(男性3人)

6 消防機関の活動状況
(1)東京消防庁
   救急特別第2出場 救急車 48、火災-第2出場 車両53、計消防車両 101台
    (内訳・救急48、ポンプ・化学25、はしご4、救助6、指揮車6、他12)
   職員 340名 消防団員 21名 計361名
(2)消防庁の対応
 9月1日(土) 
  01時40分 覚知、情報収集開始
  02時00分 第1次応急体制(予防課に災害対策室を設置)
  04時30分 第2次応急体制(消防庁次長を本部長とする災害対策本部を設置)
  05時30分 東京消防庁に予防課職員を派遣
  07時20分 現地に予防課職員を派遣
  09時00分 消防庁長官が現地を確認
  17時15分 第1次応急体制に変更
 9月6日(木)
  16時30分 第1次応急体制解除
7 その他(東京消防庁情報)
  火災原因については調査中

当時建物にいた客と従業員のうち、3階の19名中16名、4階の28名全員の計44名が死亡。3階から脱出した3名が負傷した。ビル3階と4階のセクシーパブ「スーパールーズ」の防火扉が開いていたため、この2フロアに特に煙の回りを速めたこと、また避難をしようとした客と従業員らが屋上に上がろうとしたものの、出入り口を荷物らで塞がれ脱出不能状態だったことなどが被害を大きくした原因とされている。3階ゲーム麻雀店で助かった3名は、事務所の窓から脱出した従業員。また、目撃証言から「4人目」の生存者がいたとされるが、この人物はその後不明。

◇裁判等その後の経緯(民事・刑事訴訟)◇

■民事:2003年2月、ビルのオーナー及びテナントの関係者など6名が消防法違反、業務上過失致死の疑いで逮捕。
明星56ビルは東京消防庁から使用禁止命令が出、さらに犠牲者の遺族がビル所有会社と6被告らを相手取って提訴した損害賠償訴訟の過程で保全処分が出されたため、そのまま残されていた。2006年4月18日、民事裁判について概ね和解が成立したため保全処分が解かれ、その後解体された。ビル管理会社「久留米興産」やビルの実質的オーナーの瀬川重雄被告らとの民事裁判は最終的に2007年3月2日に終決、被告側の支払い総額は約8億6800万円。

■刑事:業務上過失致死傷罪に問われたビル所有会社の実質的オーナー、瀬川重雄ら6被告の判決公判が行われたのは2008年7月2日、東京地裁で開かれた。業務上過致死傷罪に問われていたのは、瀬川、永井両被告のほか、ビル所有会社社長、山田一夫、3階マージャン店の元実質的経営者、伊沢義司▽元同店店長、松元輝二、4階飲食店元経営者、後藤雅之各被告。6被告はいずれも無罪を主張してきたが、一方検察側の主張は「被告らは防火扉の管理や避難経路の確保などを怠り、被害を拡大させた」と主張。瀬川被告に禁固3年、執行猶予5年(求刑禁固4年)、5被告を執行猶予付きの有罪とした。3階マージャン店関係者永井伸二被告は無罪。

2001年9月1日の歌舞伎町ビル火災を契機に、その教訓を生かすべく、その後消防法・火災予防条例等が改正された。2002年10月25日の消防法改正ではビルのオーナーなどの管理権限者は、より重大な法的責任を負うこととなり、防火管理意識を高めるきっかけになった。また、自動火災報知設備の設置義務対象が従来より小規模なビルにまで拡大され、機器の設置基準も強化された。とくに違反是正の徹底として、それまで消防の立ち入り検査にあった時間制限が撤廃され、また措置命令発動時の手続きの簡略化、検査員の権限強化、あるいは違反時の公表、建物の使用停止命令、刑事告発などの積極発動により違反是正を徹底。罰則等も強化され、従来の「懲役1年以下・罰金50万円以下」から「懲役3年以下・罰金300万円以下」に、法人の罰則も、従来の「罰金50万円以下」から「罰金1億円以下」に引き上げられている。


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民事・刑事の各訴訟が終わって以降、歌舞伎町ビル火災の遺族会は解散、火災が放火によるものと推定はされるものの、だとしたときの放火犯は未だ捕まってはいません。警察・消防の検証により、出火点は3階階段踊り場東京ガスのガスメーターボックス至近であることは特定されています。が、ガスメーター本体はガス管から外れ、ボックス内の底面に直立した状態で発見されていることから、このガスメーターの状態が問題。故意に外され、放火なのか、外されてた(ガス窃盗)状態放置に加え、何かしらの故意・過失によるガス漏れに引火、さらにバックドラフトなどその他複合的な要因、オフレコながら「放火と断定しにくい」(警察関係者)など諸々不明確なまま年月は過ぎました。
ビル管理の状態の酷さがこの火災を大惨事にさせた主な要因であることで、ビルオーナーの瀬川重雄が加害者側の中心人物として裁かれたわけです。では、その管理の酷さ故にビルという大きな財産(自身所有の建物)を失うのは当然と言えるかどうか・・ビルオーナーにも被害者的側面があるにも拘らず、未だ”出火”原因が特定されていない、放火かどうかも推定、加えて民事刑事両面での責任は巨大、故の、その後の、資産家で逃亡しないビルオーナーに責任を、というのはある種のスケープゴートではないか、という、もやっとした霧中感がずうっと漂ったままということもあわせ、遺族・関係者の気持ちを苦しめている、闇の濃い事件(事故)だなと思います。




歌舞伎町ビル火災で亡くなった中村沙由理(さゆり)さんは当時23歳でした。
2001年8月31日から深夜またぎの9月1日午前1時ごろ、ビル3階のゲーム麻雀店「一休」のエレベータ付近から出火。第一通報者はその後の調査により、携帯電話の発信履歴から4階「スーパールーズ」従業員の中村さゆりさん(当時23歳、この火災で死亡)と思われる。さゆりさんの遺族(母、すい子さん)によると、遺体は綺麗でやけどの跡はなかったという。被害者のほぼ全員が一酸化炭素による窒息死。写真は亡くなる10日ほど前に足利の自宅にて撮影したさゆりさん。彼女の携帯電話の履歴から、さゆりさんが第一通報者とみられている。1978年生まれ、あの時亡くなっていなければ今年で39歳


さゆりさんの実家は栃木県足利市、家業は建築関係の会社。「渡良瀬川に沈む夕日がとても綺麗で、それを見るのが好きだった。でも、公衆電話なんてないわよ~なんて言ってたわ。」とお母さん。さゆりさんは、市原悦子さんのファンだったそうで、女優になる夢を見て東京に出てきた。TVドラマのエキストラの仕事をしながら、しかし火曜サスペンスの湯煙シリーズかなにかの仕事でヌードになる仕事が入ってきたとき「ヌードはイヤ」と断ってプロダクションを転々としたことも。それでも養成所に通い、少ないギャラのエキストラの仕事で緑山のスタジオなんかにも行っていた。なかなか生活費を稼ぐのが大変で、そのため友人の彼氏が店長をやっているという歌舞伎町の「スパールーズ」でアルバイトを始めたと言う。当時、スーパールーズは歌舞伎町では有名な繁盛店のキャバクラだった。当時、さゆりさんには恋人がいて、「彼氏がいるんなら、結婚したら?」という親の声に「女優として自立するまで結婚は考えてないわ。少なくとも30まではね!」なんて言っていたそうだ。


スーパールーズを退店、しばらく実家に戻っていたが、店の方からどうしても人が足りないからと請われ、再びスーパールーズに戻る。そして、その直後、2001年9月1日歌舞伎町ビル火災が発生。火災は3F麻雀ゲーム店「一休」のエレベーター付近から爆発音とともに出火、当時3・4Fの間の防火扉は周囲に置かれた酒瓶やモップ、お絞り等が置かれ機能する状態ではなかったため、火災の炎と煙をこの2フロアに一気に広がった。0:57、4Fのスーパールーズにいた中村さゆりさんの携帯の履歴から、これが第1通報だったと思われる。

「歌舞伎町なんですけど、火事みたいで煙が凄いんですよ、歌舞伎町一番街のスーパールーズ
です。早くきてください、出られない、助けて」 「火事です、今現場いっぱい、4階、もう避難できないんで早く助けてください。10人ぐらい。お願い」(9月1日午前1時前後のビル内からの119番通報)―そして消防隊が到着するも、建物の屋外階段は一箇所、それもロッカー等が置かれ、これが消防作業の障害になり被害が拡大。死者44名(男性32名、女性12名)、負傷者3名。日本で戦後5番目の大惨事となった。さゆりさんのいた4Fには28名の男女がいたが、全員急性の一酸化炭素中毒で亡くなった。




8月31日の深夜、今年も数人のご遺族の方たちが歌舞伎町に来られました。そして、あの”時刻”を前に、その”場所”に花を手向け、ちょっと笑顔で「また会いにきたよ~」と、亡くされた子どもさん、ご家族に向かって、言葉をかけます。自分もではありますが、少しでも記憶に残そう(とくに街「歌舞伎町」に対し)、そして安全の礎にと、毎年同じ中身であっても、記事・ニュースにしてくれるマスコミの記者たちが数名加わり、手を合わせ、やがて少しの時間ですが、ご遺族の方たちと皆さん混ざって軽く懇談、お茶をしに行ったり、自分には「最近の歌舞伎町はど~お?」と聞かれてそんな話をしたりしながら、亡くなった方たちの思い出話とともに冥福を祈ります。
“歌舞伎町が忘れてはならない記憶”―とは書いたものの、遊ぶも働くも若い人の街の歌舞伎町、記憶が風化していく以前に、次第にこのビル火災を知らない人のほうが多くなっていく。取材のカメラを見かけて、何かあったんですか?と聞いてくる人に、2001年に、こういうことがここであったと話しても、多くの人が「そんなことあったんですか?」と。月日が経ち、ここ1~2年はすっかり"観光地化"してきた歌舞伎町、はじめてこの街を訪れる人も多いわけで、風化は当たり前のことのような気はします。やがてこの場所も再開発され、何年か先には大きな建物の一角ということになっていくかもしれません。
歌舞伎町の建物の防火意識はだいぶ良くなったといわれるが、とはいえ、その多くが窓はあっても目隠しされてたり、防犯上の理由もあるかもしれないが非常階段側の導線を閉鎖してたり、あるいはぼったくりの温床にもなったような管理が雑な建物も多い。そういった建物には、この歌舞伎町ビル火災のような事件・事故が再びおき得る土壌はまだまだ残っています。だからこそ、とくに歌舞伎町で事業を営む人たちには、2001年の、この場所であったことを忘れない、知っておいてほしいと思うのです。客だけではない、そこで働く人たちも、その被害に遭う可能性が常にあるわけですから。44名の尊い犠牲があって、ルールとして防火防災施策強化が図られてきたことを重く受け止めたいと思います。記憶のあるものはその記憶をつなぎ、二度とこのような悲惨な出来事が起きない、起こさないようにと襟を正す、歌舞伎町にとって9月1日とはそんな日なのです。



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新宿ゴールデン街 納涼感謝祭2017開催 8月27日(日)15:00~23:00 [イベント]

恒例の『新宿ゴールデン街 納涼感謝祭』。毎年8月、最後の日曜日に開催されてます。 というわけで、新宿に向かうも荻窪あたりでブルゾン渋滞・・そうか、今日は24時間テレビかと青梅街道を走るブルゾンを横目に歌舞伎町へ。

◎懐かしの街で、過ぎゆく夏の宴・・・
◎チャージ無し!一杯500円
◎スタンプラリーではしご酒
◎軒先屋台村で名物料理
◎何かが起こる店内イベント
ちなみに昨年、駐車場でやってた「新宿ゴールデン街屋根裏映画祭」は会場をゴールデン街劇場に移しての開催となってました。こちらは今年で第二回。役者さんやそっち方面関係者の多い街だけに、けっこう盛り上がってましたね。まだまだ伸びしろのありそうな企画です。
店の数は、今のゴールデン街、270くらいかな、うち今日の納涼祭には182店舗が参加ということで過去最高だそうです。夜は23時まで、明るいうちはいつもより人が少なく感じたのですが、暗くなってくるともう、完全にキャパオーバー・・1階のお店はどこも満杯、座るところがない~一息つきたいけどつけない・・と、昨今、すっかり観光地な感じのこのゴールデン街、外国人観光客がたくさんきてくれる反面、日本人客少し減ってませんか?なんて声もありますが、とにかく今夜はすごい人でした。


主催:新宿ゴールデン街商業組合(2017年度納涼感謝祭実行委員会)
協賛:新宿三光商店街振興組合/サントリー酒類(株)サッポロビール(株)キリンビール(株)アサヒビール(株)
後援:新宿歌舞伎町タウンマネージメント


三光商店街振興組合が主催する春の桜まつり、新宿ゴールデン街商業組合主催でやってる納涼祭、そして秋にはJG主導で秋祭りなるものが昨年からはじまりました。 そんな中、賑わうゴールデン街もぼちぼち世代交代期な感があります。あと数年はこんな感じで行くのでしょうが、その先、担い手が一気に若返るあたりで、しかし実は、彼らの半数以上はまた貸しか定借であることを思うと、さて・・・どうなって行くのかなあ、とか、ちょっと思うとこがあったりもします。

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