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11月12日(土) 佐々部監督の「カーテンコール」公開、新宿歌舞伎町シネマミラノでは韓国語字幕も! [映画・演劇・ライブ]

 

本年度日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞『半落ち』の佐々部清監督最新作

第2回日本映画エンジェル大賞受賞作品

昭和の映画黄金期 幕間芸人の人生を紐解く 佐々部清監督作品

「カーテンコール」 

11月12日(土)より、シネスイッチ銀座ほか、全国にてロードショー   配給 / コムストック

新宿MILANOビルのシネマミラノでは11月12日から3週の公開予定(韓国語字幕あり)

ストーリー

橋本香織(伊藤歩)は東京の出版社で働く25歳。地元・下関に近い福岡のタウン誌に異動を命じられる。 そこでの仕事は、読者が投稿してきた<懐かしマイブーム>の取材。その中に届いた一通の葉書。それは「昭和30年代終わりから40年代中ごろまで下関の映画館にいた幕間芸人を探して欲しい」というもの。葉書に香織は心惹かれ、その映画館<みなと劇場>を取材することに。

当時から働くモギリの女性・宮部絹代(藤村志保)の話によると、昭和36年<みなと劇場>にやってきた安川修平(藤井隆)は、場内整理、掃除のほかガリ版刷りのビラを作って、近所の商店に配って廻るなど、仕事熱心で誰からも愛される青年だった。修平が働き始めて半年後の昭和37年春。大入り満員の『座頭市物語』の上映中に、フィルムが切れてしまう。観客の野次を静めるため、舞台に飛び出し、座頭市の物真似をする修平。これが観客に受けて、修平は上映の幕間に物真似をみせる“幕間(まくあい)芸人”となり、人気者になっていく。翌38年の夏、映画を観にきていた良江(奥貫薫)と出会い、みなと劇場の仲間たちから祝福され結婚。2年後には長女・美里が生まれ、順風満帆の生活にみえたが……。

監督・脚本:佐々部 清/プロデューサー:臼井 正明/原案:秋田 光彦

撮影:坂江正明/美術:若松 孝市/照明:守利 賢一

録音:瀬川徹夫/助監督:山本 亮/キャスティング:空閑 由美子

出演:伊藤 歩、藤井 隆、鶴田 真由、奥貫 薫、津田 寛治、橋 龍吾、井上堯之 、藤村志保、夏八木 勲

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 昭和30年代から40年代にかけて、かつて映画が大衆娯楽の頂点だった時代。この時代の日本映画は、主としてプログラム・ピクチャーといわれる、今で言うテレビの代わりの役割を果たしていた。

<プログラム・ピクチャー>とは、昭和27年(1952年)から昭和46年(1971年)にかけて量産された作品を指す。当時は東映、東宝、松竹、大映、日活の5社がほぼ毎週、自社系列の映画館で新作映画を上映していた時代。とにかく番組(プログラム)を埋めなくてはならず、いかに安く、手早く撮れるかが重視された。そのため、チャンバラ、ヤクザ、コメディ、アクション、または当時の人気スター、歌手を主役にした青春映画といったジャンルの中で、ある程度のパターンが決まっているストーリーが多かった。本数が必要なので、同じセットの使い回しは当たり前。だが、観客たちも次に何が起こるかわかりながらも、映画の登場人物たちと共に笑い、泣き、時に野次を飛ばすことを楽しんだ。全盛期には、作家主義の作品よりも人気があり大ヒットを飛ばした作品も多数ある。だが、テレビがお茶の間に浸透するにつれ、映画人口が減少。プログラム・ピクチャーもテレビドラマに役割を譲り、衰退していった。

そんな時代、映画と映画の幕間に、形態模写やギターの弾き語りなどで観客を楽しませる芸人がいた。本作は、そんな「幕間芸人」の人生を紐解く旅の物語。

佐々部監督のメッセージ~

「最初は、日本映画が活気のあった時代の自分にとっての『ニュー・シネマ・パラダイス』を撮ろう、と考えていたのですが、撮っているうちに、どんどん家族が出てきた。最終的には『ニュー・シネマ・パラダイス家族編』になりました。僕にとっては、映画は2番目に大事なもの。じゃあ1番は何かと言うと、家族。そこで、幕間芸人・安川修平という映画が大好きな男を軸に、父と娘の話になりました。」

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歌舞伎町でまちづくりの話でもこの昭和30~40年代の古きよき時代のことが年配の方から良く出てきます。映画やスケートを楽しみ、歌声喫茶で友と肩をならべて青春を歌い、グラスを傾けて文学や時代を語り、、歌舞伎町には最先端の流行とたくさんの人たちがあふれていた、きっと、「ルネッサンス」もそんなよき時代を再び、そんな気持ちがどこかにあったからこそなんでしょう。

当時の映画人口が年間延べ約11億人、2004年の映画人口がここのところジブリ作品やシネコンの影響で増えてきたといっても約1億7000万人ですから当時の映画産業がいかにスゴかったかわかります。私の知る歌舞伎町は昭和50年代後半、ディスコブームが始まった頃からだし、昭和60年の新風営法前後からのキャバクラや個室マッサージ全盛だったころにはメディアとしてのかかわりをもったり、むしろ男性の街としてのイメージが強く、その古きよき時代は知りません。そしていまや良し悪しは別のしてアジア有数の歓楽街、非常に多国籍な文化の混在する街といえます。

歌舞伎町にはアジア各国からの観光客がやってきて宿泊しますし、そういった観光客にとって「やさしい街」であるかどうか。その辺について考えるとまだまだです。

韓国では「お通し」といういわゆるテーブルチャージというか最初に出てくる基本のつまみとでもいうか、そういった習慣がなく、そんなことでも「頼んでないのになんで料金とるのか?」なんていうトラブルもあるとか。街の割烹料理屋なんかでは韓国語のメニューをおいたりしてるところもやや見受けられますが、それでもアジア各国から歌舞伎町にくる観光客に向けての発信はまだまだ弱いです。

この映画「カーテンコール」では在日問題に触れる箇所があり、ややそういった部分を意識してかもしれませんが歌舞伎町のシネマミラノでの上映フィルムは唯一韓国語字幕付きで上映します。在日の方々ならともかく、ニューカマーの人たちには日本語が苦手な方もまだまだいるようですし、そういう人たちや観光客にも見てもらいたい作品ということなのでしょうか、「韓流」ブームとはまたすこしちがった手法ですが、この街では「アリ」なのかもしれません。

 

初日舞台挨拶の風景

11月12日のシネマミラノで行われた舞台挨拶には伊藤歩さん、藤村志保さん、井上堯之さん、佐々部清監督が駆けつけました。

   

舞台挨拶では、劇中幕間芸人安川修平の今の姿を演じた井上堯之さん(元ザ・スパイダースでリードギターとヴォーカル担当)が「いつでも夢を」を歌いシネマミラノの幕間芸人に^^。伊藤歩さんが思わず涙ぐむシーンも。↓は伊藤 歩さん-橋本香織(創世出版編集者)役。

   

伊藤 歩(いとう あゆみ)

 1980年4月14日東京都生まれ。13歳で『水の旅人』(93)で映画デビュー。『スワロウテイル』(96)のヒロイン役で鮮烈な印象を残し、日本アカデミー賞新人俳優賞等を受賞。主な出演作に『のど自慢』(99)、『リリイ・シュシュのすべて』(01)、『さよなら、クロ』『きょうのできごと a day on the planet』『ふくろう』(03)、『花とアリス』『クリスマス・クリスマス』『理由』(04)『呉清源』(来春公開予定)など。TV「水の中の八月」(97/NHK)「リップスティック」(99/CX)「ウェディングプランナー」(02/CX)や、CMでも活躍。『ファイナルファンタジーVII アドベント チルドレン』では声優に挑戦。今、最も期待されている実力派若手女優の一人である。

 


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