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新宿東口に沖縄がやってくる!7月28日(土)2007 新宿エイサーまつり開催 [祭]

今年も新宿東口に沖縄がやってくる!7月28日(土)、2007年の「新宿エイサーまつり」が開催。

▲2007 新宿エイサーまつり公式パンフレットPDF版▼2006年第5回新宿エイサーまつりより

 

すっかり新宿の夏の風物詩となった新宿エイサーまつり。三代目高野吉太郎氏が「新宿東口の4商店街でなにか一緒になってイベントをやろう。」そんな言葉から始まったこの新宿エイサーまつりも今年で6回目になる。三代目高野吉太郎氏が亡くなってからは当時新宿駅前商店街振興組合の理事長だった平正幸氏も昨年7月に亡くなり、今年からは新たに実行委員会会長に小柴和正氏(㈱伊勢丹 代表取締役会長)を、実行委員長に四代目高野吉太郎氏(㈱新宿高野 代表取締役社長)という体制で開催される。会場もこれまでの新宿大通りの4会場(Aアルタ前・B新宿高野前・C三越アルコット前・D伊勢丹前)に加え、新宿大通りイーストビル前を新たにE会場とし、また18時以降はモア4番街・東口中央通り・歌舞伎町シネシティ広場をそれぞれ会場とし21時まで真夏の夜を盛り上げる。

エイサーとは?沖縄の盆踊りともいえるエイサーは、旧暦7月15日に舞う念仏踊りです。沖縄のお盆は7月13日から15日までの3日間。13日のウンケー(お迎え)でご先祖の霊を迎え入れ、14日のナカヌヒー(中の日)を経て15日のウークイ(お送り)には親族が集まりご先祖様をお見送りします。エイサーはご先祖様をにぎやかにお送りするために踊られるのです。

今年の新宿エイサーまつりは参加チームは15、演舞者数は約700名、警備・スタッフが約300名、そして来場者数は約80万人という新宿では最大級のイベント。また新宿駅東口4商店街が合同で行う唯一の催事でもある。

◆新宿と沖縄エイサーの不思議な縁

エイサーの歴史・由来について調べてみると、1603年、琉球王国時代に仏教が伝わり、葬儀や法事でニンプチャー(念仏者)が念仏歌を歌って霊を供養するようになったのが、エイサーの原型であると言われている。そして、更にエイサー踊りの由来について、「袋中(たいちゅう)上人」というお坊さんが沖縄で始めた念仏踊りが定着したという説が有力とある。実は、その袋中上人の末裔と言う方が、なんと新宿の、それも新宿誕生ゆかりの寺の住職だという。

太宗寺住職・問川良元氏

「私の実家は、福島県浜通りのいわきと言うところなんですが、袋中(たいちゅう)上人というのは、そこの実家の寺(浄土宗)の十三代住職、安土桃山から江戸初期にかけていたのが袋中上人なんです。」と、新宿・太宗寺(新宿区新宿2-9-2)の現住職、問川良元氏。
「住職が経典を求めてインドに渡ろうとしたんですね。三蔵法師のように。17世紀初頭、最初、中国に渡ろうとして、まず琉球にたどり着いた。琉球で、中国に渡る準備をしていた矢先に当時の江戸幕府から鎖国令(1630年代)が出るんです。鎖国令が出ると、海外から帰ってきたものはいいよと、しかし、それから出国したものは帰国できないということになり、袋中上人は渡航を断念するんです。当時、日本本土には北伝の仏教(中国・朝鮮経由)が広まっていたが、南伝の仏教(インドからタイなどを経由)はほとんど入ってきていなかった。そこで当時はまだ琉球には仏教が根付いていなかったそうです。北伝の仏教は、本土から琉球にやってくるものを薩摩の密偵とみる習慣があったこともあると思います。しかし、袋中上人は、やがて時の琉球王に認められ、琉球の地に仏教を広めることになったようです。もともと、袋中住職の出身であるいわきには、じゃんがら踊りという所謂念仏踊りがありまして、彼はそれを琉球の地で広め、それらが下地となり、もともと琉球にあった集団舞踊と融合してエイサー踊りになったといわれてるんです。」
新宿は甲州街道に1699年に開設。新宿はもともと新宿御苑一体を下屋敷としていた信州高遠藩主で譜代大名内藤家の土地の一部などをあててできた新しい宿場町=内藤新宿がその由来である。そして、その内藤家の菩提寺として歴代当主・一族が葬られている由緒ある大名寺である。

新宿区指定史跡 内藤正勝の墓(内藤家墓所)
江戸時代、信州高遠藩主譜代大名内藤家の墓所で、かつては約300坪・57基の墓塔があったが、昭和27年東京都の区画整理事業に伴い現在地に改葬された。墓塔は中央が五代正勝、右が十三代頼直、左が内藤家累代の墓塔となっている。
問川住職はこの太宗寺の娘婿にあたる方だが、新宿のルーツが今も眠るこの寺に、なぜか沖縄エイサー発祥のDNAを持つご住職がいまここにいる、そして新宿エイサーまつりは今や新宿最大のお祭りとして成長しているというのも、なにか不思議な縁を感じずにはいられない。


7月15日(日)就労支援アンテナショップ「ふらっと新宿」が歌舞伎町にオープン

7月15日、歌舞伎町1丁目の交番斜め向かいにある歌舞伎町商店街振興組合ビルの1F2Fの一部(約64㎡)に就労支援アンテナショップ「ふらっと新宿」がオープンした。障害者やシニアの就労支援を目的とするコミュニティショップで、地方の物産品の販売などを行い新宿区の障害者就労福祉センターが運営する。営業時間は11時より19時、毎週木曜日は定休日。友好提携都市である伊那市をはじめ、山形県・群馬県・石川県白山市・岐阜県下呂市の特産品販売や明日葉乾燥野菜茶などの東京ブランドの物産品も置いている。契約期間は平成22年3月までの定期借家契約となっている。

  

 

▼全国の福祉施設で作ったおすすめ商品(協力:日本セルフセンター)

 

「ふらっと新宿」は、喜兵衛プロジェクトの誘致第三号(1号がインターネット放送局の新宿放送局サテライトスタジオ、2号が吉本興業㈱東京本部の四谷第五小学校への移転)にもなった。喜兵衛プロジェクトでは歌舞伎町の地域再生やまちづくりを進めている歌舞伎町ルネッサンスにおける担い手等の誘致事業を進めている。

オープン初日の7月15日は歌舞伎町シネシティ広場でオープニングイベントが開催される予定だったが、台風による荒天のために中止となった。しかし、オープン初日の売上は上々(約17万前後)ということで運営を行う新宿区障害者就労福祉センターのスタッフは胸をなでおろしていた。障害者等の就労支援ということで、家賃や障害者のアルバイト料の一部は新宿区が拠出している。このため、「ふらっと新宿」を運営していくためのコストに対する売上ベースは1日平均約7万円程度(一ヶ月22日営業)と見ている。地方物産のアンテナショップとはいえ、「売上売上と言うのではなく、障害者やシニア、あるいは地域の交流コミュニティとしての場にしていきたい。」とスタッフ談。そういえば、ちょうど斜め向かいにあるハイジアには外国人のコミュニティとして多文化共生プラザがある。おそらく「ふらっと新宿」にもこれから外国人の観光客らが訪れることも考えられる。とすれば、同じ新宿区の外郭団体として「多文化共生プラザ」と「ぷらっと新宿」が相互に足りないものを補うことも出来るかもしれない。7月15日のオープニングイベントのために練習をしていたスタッフには中止は残念だったかもしれないが、もっと違う形で新たによりいいイベントを催せたらいいかと思う。また、歌舞伎町ブランドのお土産品なんていうのもこれから開発していけたら面白いかもしれない。


第21回参議院議員通常選挙 7月12日告示 7月29日投票

7月28日(土)が2007年新宿エイサーまつり開催日ということは、参議院議員選挙の投票日前日、つまり選挙運動の最終日ということになる。新宿駅東口界隈はなにやら騒々しくなりそうな気配。

さて、この参議院議員選挙(第21回参議院議員通常選挙)が雨の7月12日の告示された。投票日は7月29日(日)。参議院の議員定数は242名、内選挙区で146議席、比例代表で96議席。選挙区は各都道府県ごとに一区、比例代表は全国統一で行われる。参議院議員の任期は6年、3年おきに半数の改選が行われる。今回の第21回では121名が改選される。東京選挙区は改選数5名に対し立候補が20名。争点は年金問題、という雰囲気だが、実際は安倍内閣に対する政策・政治と金の問題等に対する評価、そして憲法改正についても争点といえるのかな。(告示日のポスター掲示板、20名の立候補者がいてポスターが掲出してあったのは13名・・)

 告示日の7月12日には新宿駅東口アルタ前で自由民主党候補の街頭演説が行われていた。応援演説に与謝野馨衆議院議員、小池百合子防衛大臣ということだったが、雨の告示日初日だからか人はそう集まっていなかった。集まっていたのはマスコミばかり・・^^;(街頭演説風景はこちらからどうぞ)今回、野党民主党の党首小沢一郎氏曰く「野党が過半数を獲れなければ日本には当分二大政党制は来ない。」ということだが、戦後日本の民主主義が構造疲労をおこしているのは誰の目から見ても明らかであろう。これを正常な状態にもっていくためには二大政党制が必要、ということなんだろうが、それは兎も角、二大政党制と言っても二通りのことが想定できる。小沢氏の言う二大政党制はいわば『自民+公明』『民主+その他』ということなんだろうが、はっきり言ってこれは保守二大政党制ではない。公明党も共産党も、言ってみれば異母兄弟、近親憎悪みたいなもんで、二大政党がこれらに頼って政権をなんとか維持してたり、民主も民主だが中に元社会党を抱え外に共産党と選挙協力みたいなことが時々あるが、これも国民が望む二大政党制とは大いにかけ離れてるし、だいたいイデオロギーがあるんだか無いんだかなんだかよく分からない構図である。本来あるべき姿は何か?自分は民主は元社会党だのと離れ、自民は公明と縁を切り、あくまでその両方がもう一回一緒になって政界再編を目指すべきなんじゃないかな。となると、公明に支えられた自民もイデオロギーの無い雑多の民主も、どちらにせよ×ってことになってしまう。ここが今回の選挙の難しいところ^^;自民はだめ、じゃ、民主?う~ん・・・で、やっぱり自民?う~ん・・・困ったもんだ。革命の無いこのインチキだらけの国に革命を起こせる方法は無いものかな。。。

ちょっとmemoφ....

7月21日、新宿駅前での自由民主党候補の演説に東京一区選出の衆議院議員である与謝野馨氏が応援に駆けつけていた。これ、実は結構ニュースなんじゃないかな、と言うことで映像に撮った。なぜかといえば、与謝野氏は、体調不良を理由に昨年10月の突如入院、今年の1月中旬には退院したものの、その後もしばらく静養、4月よりやっと政治活動に復帰した。入院理由は当初伏せられていたが、最近その入院が癌の治療であったことを公表したいる。政界きっての政策通として知られる与謝野氏ではあるが、一方で特にどこの派閥にも属さずということもあってか選挙には決して強くない。新宿区を含む同じ東京一区では民主党候補の海江田万里氏と選挙ではしのぎを削ってきた。前回総選挙では郵政民営化の白黒で小泉自民に大きく追い風か吹いたこともあって与謝野氏の圧勝ではあったが、これはあくまで稀なことであって、例えば今の自民に対する向かい風の中だったらまず与謝野氏の勝ちは無い。そこへ持ってきて癌ともなれば、もはや次の総選挙に出ることすら難しいのではないか、と思わざるを得ない。実は与謝野氏は原発での被爆経験があるという話を聞いたことがある。そのため、兎に角ポリープが出来易い体質なんだそうだ。まぁ、そんな中で、7月21日の参院選告示日に大衆の前に顔を見せた与謝野氏がどんな声でどんな風に話すのかに関心があった。さらに、この日、与謝野氏の後を追って小池百合子防衛大臣が演説した。この小池百合子氏が次の総選挙では東京一区の後継落下傘候補になるんじゃないか、そんな噂もある。与謝野氏の後継者は港区選出の某区議という話は以前からあったのだが、昨年の突如の入院以来まったく聞こえなくなっている。もはや自力で後継者に道を譲れることも出来なくなってきた、と見れば、やはり東京一区の与謝野氏の後は自民党本部が決めることになり、やはり小泉チルドレンからか、あるいは落下傘になるか。しかし、そこは千代田・新宿・港を抱える花の東京一区、まして対抗の民主は海江田万里、あるいはそれ以上の格となれば、ということから小池百合子氏がなんて噂もちらほらということなのかもしれない。その小池百合子氏が防衛大臣になったと聞いたときに、国防・危機管理の最高司令官としての経験をさせるその理由はなにか、安倍内閣の後継はもしかしたら小池内閣ということを示唆しているようにも見えた。

最近、歌舞伎町でよく外国人、それもアジア系ではなく欧米からの観光客などを見かける機会が非常に増えたと感じる。一つはゴールデン街、いくつかの店がフランスの日本ガイドブックで紹介されている。ほんの数年前までは「行ってはいけないエリア」だった歌舞伎町やゴールデン街が、今では観光地として紹介されるようになった。ゴールデン街にいると、ガイドブックに載っている店への案内を頼まれたりすることも何度かあった。またドイツのある女の子から「ゴールデン街のことを知りたいんです!再開発って本当ですか!?」みたいなメールをもらったり、で、結局日本に来てゴールデン街で会うことになったり。。歌舞伎町1丁目ではアメリカ人の子供たちの団体を数回見かけたことがある。

↑彼女達は、People to Peapleという国際交流の財団(CEOはメアリー・アイゼンハワー、第34代アメリカ大統領のドワイト・D・アイゼンハワーの孫)の支援で子供の世代のうちに世界中の人と人が繋がり、互いに同じ人間として理解し合えるようになることで世界平和を実現できるという趣旨のもと、日本にやってきたニューヨークとその近郊のハイスクール(14~17歳)の子供たち。写真を撮らせてもらった日は日本の滞在最終日ということで、歌舞伎町見物とこのあとしゃぶしゃぶを食べにモーモーパラダイスに行くところだった。 なんでも、日本の肉の味がよく分からないとか言っていたが^^;言ってみれば修学旅行みたいなものかな、自分も子供の頃ヨーロッパに似たようなプロジェクトで行ったことがあった。しかし、ここは歌舞伎町、日本の学校で修学旅行に歌舞伎町にやってくるケースなんてそうめったに無い。それが、アメリカ人のハイスクールのそれも女の子たちが歌舞伎町にグループで訪れる、へ~・・と、なんと言うか、前述のゴールデン街がフランスのガイドブックに載るようになったり、歌舞伎町の外向きのイメージが随分変わってきてるのかな、とちょっと嬉しい気がした。アメリカはとくにブッシュ政権下、外交政策でどちらかといえば世界で孤立感が強いが、そのことをこういうことで改善していく礎にもなるかもしれない。この財団(PEOPLE TO PEAPLE INTERNATIONAL)はアイゼンハワーが大統領をケネディに譲ったあとに作ったもので、1956年に設立した多文化国際交流団体で他民族・多国籍・文化の相互理解とコミュニケーションを支援する組織。

これからもプロセスに於いてはいろいろな紆余曲折があるだろうが、歌舞伎町の未来の姿は多分こういうことがもっと頻繁で且つ目に見えるものとしてあるような、いわば世界の中のアジアの窓となっていくんだろう。また、この街から発信されたものは、仮に日本で否定されても世界に直接発信していくようなそんな場になっていくように思う。また、その姿は、街づくりを進めている自分などにしても目指しているものでもあり、こういった景色を見ると、少しずつであるがそこに近づいているんじゃないかと思えて力をもらった気がした。

話を選挙に戻すが、選挙のテーマを「アイゼンハワーの原則」に照らし合わせて考えてみる。「アイゼンハワーの原則」とは物事の優先順位を決める際のヒントとして「緊急度」と「重要度」を判断材料にするというもの。優先順位は以下のようになる。

  1. 重要性が高く緊急性もたかいもの
  2. 重要性は高いが緊急ではないもの
  3. 緊急性はあるが重要ではないもの
  4. 重要でも緊急でもないもの

参議院選挙の争点をそこに当てはめてみる。年金問題、憲法、環境問題(地球温暖化や食料問題、エネルギー)、政治の構造疲労(政治と金、政権選択のための二大政党制など)、公務員制度改革等々。人によって、世代や環境によって順位は変わってくるとは思うが、こんな考え方も選択の際のヒントにしてみてはいかがでしょうか。


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