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歌舞伎町が忘れてはならない記憶-44名の尊い命を犠牲にした歌舞伎町ビル火災、あれから10年。 [その他]

献花式のご案内

平成13年に発生した明星56ビル火災より10年が経過しようとしております。この事故を契機に安全・安心まちづくりに取り組み歌舞伎町ルネッサンス推進協議会が発足いたしました。
事故から10年目の節目を迎えるにあたり、今後も二度と同様な火災を発生させない事を改めて誓うと共に、10年前に尊い命を亡くされた44名の方々に対する慰霊の気持ちを込め、歌舞伎町シネシティ広場にて献花式ならびに「安全宣言」を執り行いたいと存じます。
歌舞伎町の防災については、昨年「歌舞伎町の防火安全に関する協定書」の取り交わしを行なうなど、消防・行政・組合が一体となっての取り組みを行なっています。
つきましては、シネシティ広場に献花台を設置いたしますので、是非とも当日の献花式にご参加して頂きますようよろしくお願い致します。

【日程】
日  時:平成23年8月31日(水)
場  所:歌舞伎町シネシティ広場
時  間:19時~21時

歌舞伎町商店街振興組合
理事長 片桐基次

2001年9月1日未明に起きた、44名の犠牲者を出した明星56ビル火災から10年目を迎えた。10年目にして、実はこれが初めての事ではあるが、歌舞伎町商店街振興組合(片桐基次理事長)は、現場ではないものの、歌舞伎町シネシティ広場に献花台を用意し、商店街関係者らも、犠牲者に対する追悼の意をこめ、献花を行った。

これに先立ち、この日、東京消防庁・新宿警察署・新宿区役所による、歌舞伎町一斉査察が朝から深夜にかけて行われた。歌舞伎町1・2丁目には約650棟の建物があるが、うち約580棟、約3,500事業所に対し、約300名体制による一斉査察となった。指揮をとった東京消防庁有賀予防部長は「500㎡程度の雑居ビルで44人も亡くなったという非常に衝撃的な災害だった。これは、小規模雑居ビルの危険性というものに対する、我々に対する大きな警鐘を与えたわけです。これだけ酷くなった、大きな理由として、通路部分に多くの物が置いてあって、これが障害となって逃げられない、そして、防火戸が閉鎖できないといったことにより、一旦燃えだしたときに、さらに早い時期に有毒ガスが室内に入ってしまって、これだけの災害が発生したというのが、大きな理由と考えられている。
これを受け、消防機関の権限強化、そして火災通報設備の設置強化、そして防火管理点検報告、こういったものを踏まえた大きな消防法の改正があった。その中で、最も大きかったのが通路部分にいろんなものが存置されてたというものに対しまして、これを撤去するというのを、それ以来一生懸命やってきている。ちなみに、この消防職員のそういったものに対する措置命令は昨年までに1,000件の措置命令が出ており、そういったものが無いようにすることで、安全性を高める努力がなされてきた。
今回、関係の皆様、地元の皆様と協力して、今日、立ち入り検査を行って、通路・階段にいろいろなものが無いか、或いは防火戸がちゃんと閉まるようになっているか、維持管理がなされているか、といった点につきまして、チェックをし、それと同時に、建物を管理している方々に、自主的にこういったものをやっていただくように、注意喚起をしていくことが今回の目的です。」と話した。また、査察を行う消防職員らに対し「この10年前の悲惨な事故が原因となって、こういった仕組みができたということを再認識して、さらにしっかり指導等をしていただければと思います。」と訓示を行った。

歌舞伎町・劇場通り一番街にて。東京消防庁有賀予防部長、中山新宿区長を先頭に一斉査察のパトロールへ。途中、44名の犠牲者を出した明星56ビル跡地前にて。

新宿区からは、この一斉査察に建築職約30名が参加。中山弘子区長は「この一斉立ち入り検査における違反の指摘件数は、今日見まして、9年目になりまして、毎回毎回出させていただいておりますけど、回を重ねるごとに、皆様方の消防署のご指導によって、大変減少してきております。消防関係者や警察、地元の皆様と、区との連携による取り組みは、これは本当に効果的であると思います。そしてまた、安全・安心こそ、街が多くの皆さんに楽しんでいただける基本です。区としても、皆さんのお力を借りながら力を尽くし努力してまいりますが、どうか皆さん、ご尽力・協力をこれからもどうぞよろしくお願いいたします。」と話した。

消防の査察隊も歌舞伎町商店街振興組合が設置した、シネシティ広場の献花台に訪れ、有賀予防部長と中山区長が代表して献花を行った。商店街よりご遺族にも連絡を行い、足を運んでくれた一部ご遺族と消防幹部・中山区長がはじめて顔を会わせる場面も。

献花台を設置した歌舞伎町商店街振興組合を代表し、片桐基次理事長「歌舞伎町は10年前、8月31日夜に起きました、明星56ビル火災におきまして、本当に尊い44名の方々の犠牲を出しました。街はそれを契機に、区長さんのほうで歌舞伎町ルネッサンス推進協議会を立ち上げていただき、歌舞伎町の安心・安全を永く一生懸命頑張っていただきました。昨年、新宿消防署と我々商店街振興組合、歌舞伎町二丁目町会と、防火安全に対する協定書を結びまして、歌舞伎町のビルオーナー、歌舞伎町の事業所の多くの方々に対し、強い形で、防火防災にあたりまして、なんとか、これを守っていただこう。歌舞伎町は今、秩序というものが、段々失われ、好き勝手に商売をされてる方が多くなってきてます。ここで、もう一度、秩序を取り戻すために、是非、消防署の方々、新宿区の皆様、ここで、二度と犠牲者の方を出さないような、秩序ある楽しい街・歌舞伎町にしていきたいと思っております。」と挨拶を行った。

なお、この日の消防・区らによる一斉査察で違反が確認されたのは125件。避難通路や階段に障害物が置かれていた「避難障害」は108件、「防火戸閉鎖障害」は15件。このうち92件はその場で障害物を撤去するなど、すぐに是正された。

◆2001年9月1日未明の歌舞伎町ビル火災◆

20010901歌舞伎町ビル火災現場.jpg

2001年9月1日に東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビル「明星(みょうじょう)56ビル」で起きた火災。44名が死亡し、日本で戦後5番目の大惨事となった。多くの死傷者を出した原因は、ビル内の避難通路の確保が不十分であったためとされる。出火原因は放火と見られているが犯人はまだ不明。(2010年4月の改正刑事訴訟法成立後、公訴時効消滅)

◇新宿区歌舞伎町ビル火災の概要(消防資料による)

1 発生日時等
  発  生:平成13年9月1日(土) 調査中
  覚  知:     〃       01時01分(119番による)
  延焼防止:    〃       02時14分
  鎮  圧:     〃       05時36分
  鎮  火:     〃       06時44分

2 出火場所
  東京都新宿区歌舞伎町1丁目18-4 明星(ミョウジョウ)56ビル
  耐火4階建 地下2階地上4階 複合用途

建築面積 83.07平方メートル 延床面積 497.65平方メートル(建物所有者 (有)久留米興産)
着工    S59年10月 1日 使用検査 S60年11月22日

B2  76.78平方メートル 機械室、ニュークラブレイン
B1  74.60平方メートル カジノパラダイスクイン
1階 82.43平方メートル 風俗店無料案内センター
2階   〃           ナースイメクラ(セクハラクリニック)
3階   〃           ゲーム麻雀一休       
4階   〃           キャバクラ(スーパールーズ)

3 概要
3階麻雀店から出火し、4階飲食店に延焼拡大した。3階80平方メートル、4階80平方メートルで延焼防止。なお、出火時3,4階に多数の逃げ遅れ者がいた。
(特記事項)
屋内階段は1ヵ所かつ狭隘で、3階から4階の階段はロッカーが多数置いてあり、消防隊の活動障害となった。3,4階の階段の防火戸が開放されていたため、火炎の拡散が早かった。 

4 焼損程度
3階部分80平方メートル、4階部分80平方メートル、計160平方メートル焼損

5 死傷者
(1)死 者 44人(男性32人、女性12人)
(2)負傷者 3人(男性3人)

6 消防機関の活動状況
(1)東京消防庁
   救急特別第2出場 救急車 48、火災-第2出場 車両53、計消防車両 101台
    (内訳・救急48、ポンプ・化学25、はしご4、救助6、指揮車6、他12)
   職員 340名 消防団員 21名 計361名
(2)消防庁の対応
 9月1日(土) 
  01時40分 覚知、情報収集開始
  02時00分 第1次応急体制(予防課に災害対策室を設置)
  04時30分 第2次応急体制(消防庁次長を本部長とする災害対策本部を設置)
  05時30分 東京消防庁に予防課職員を派遣
  07時20分 現地に予防課職員を派遣
  09時00分 消防庁長官が現地を確認
  17時15分 第1次応急体制に変更
 9月6日(木)
  16時30分 第1次応急体制解除
7 その他(東京消防庁情報)
  火災原因については調査中

当時建物にいた客と従業員のうち、3階の19名中16名、4階の28名全員の計44名が死亡。3階から脱出した3名が負傷した。ビル3階と4階のセクシーパブ「スーパールーズ」の防火扉が開いていたため、この2フロアに特に煙の回りを速めたこと、また避難をしようとした客と従業員らが屋上に上がろうとしたものの、出入り口を荷物らで塞がれ脱出不能状態だったことなどが被害を大きくした原因とされている。3階ゲーム麻雀店で助かった3名は、事務所の窓から脱出した従業員。また、目撃証言から「4人目」の生存者がいたとされるが、この人物はその後不明。

◇裁判等その後の経緯(民事・刑事訴訟)◇

■民事:2003年2月、ビルのオーナー及びテナントの関係者など6名が消防法違反、業務上過失致死の疑いで逮捕。
明星56ビルは東京消防庁から使用禁止命令が出、さらに犠牲者の遺族がビル所有会社と6被告らを相手取って提訴した損害賠償訴訟の過程で保全処分が出されたため、そのまま残されていた。2006年4月18日、民事裁判について概ね和解が成立したため保全処分が解かれ、その後解体された。ビル管理会社「久留米興産」やビルの実質的オーナーの瀬川重雄被告らとの民事裁判は最終的に2007年3月2日に終決、被告側の支払い総額は約8億6800万円。

■刑事:業務上過失致死傷罪に問われたビル所有会社の実質的オーナー、瀬川重雄(66)ら6被告の判決公判が行われたのは今年2008年7月2日、東京地裁で開かれた。業務上過致死傷罪に問われていたのは、瀬川、永井両被告のほか、ビル所有会社社長、山田一夫(56)、3階マージャン店の元実質的経営者、伊沢義司(48)▽元同店店長、松元輝二41)、4階飲食店元経営者、後藤雅之(34)各被告。6被告はいずれも無罪を主張してきたが、一方検察側の主張は「被告らは防火扉の管理や避難経路の確保などを怠り、被害を拡大させた」と主張。瀬川被告に禁固3年、執行猶予5年(求刑禁固4年)、5被告を執行猶予付きの有罪とした。3階マージャン店関係者永井伸二被告(44)は無罪。

2001年9月1日の歌舞伎町ビル火災を契機に、その教訓を生かすべく、その後消防法・火災予防条例等が改正された。2002年10月25日の消防法改正ではビルのオーナーなどの管理権限者は、より重大な法的責任を負うこととなり、防火管理意識を高めるきっかけになった。また、自動火災報知設備の設置義務対象が従来より小規模なビルにまで拡大され、機器の設置基準も強化された。とくに違反是正の徹底として、それまで消防の立ち入り検査にあった時間制限が撤廃され、また措置命令発動時の手続きの簡略化、検査員の権限強化、あるいは違反時の公表、建物の使用停止命令、刑事告発などの積極発動により違反是正を徹底。罰則等も強化され、従来の「懲役1年以下・罰金50万円以下」から「懲役3年以下・罰金300万円以下」に、法人の罰則も、従来の「罰金50万円以下」から「罰金1億円以下」に引き上げられている。

今年は、44名の犠牲者を出した歌舞伎町雑居ビル火災(明星56ビル火災)から10年、記憶を風化させないという消防の強い意志の現われとして、通年の1.5倍規模の人員による査察も行われるとあって、マスコミ取材も非常に活発となった。これまでの10年、商店街自身が、ビル火災ご遺族とほとんど接することなく、むしろ距離をとってきたという現実、また、行政も、今回はじめて、44名の犠牲者を出した火災であるとは言え、一火災に、その行政の長が献花し、手を合わせるという、一歩踏み込んだとも言える行動をしたということ、そして、商店街内部においてはこの火災に対する複雑な思いがある中で、片桐理事長が「理事長権限で」とまで言って商店街自身が主催し献花台を設置したこと、勿論10年目という節目を意識したという面もあろうが、それでもご遺族のある方から「それでもやっていただいた、という事に感謝します。」という言葉をもらい、意味はあったかと思う。

全てのご遺族が来るわけではない。44名の方々が亡くなり、仮に44の家族がいるとしたら、それぞれのご遺族の気持ちも44通り、いや、それ以上あるのかもしれない。少なくとも、決して一つではないし、一つになることもないだろう。街の中の感情もいろいろだ。記憶を風化させない、そうは言うが、それだって、ご遺族の方の中には複雑な思い、という場合もある。10年という歳月は、やはり長い。今回の取材マスコミの数は例年に比べ格段に多かった。だが、その取材する記者の多くが若く、10年前、到底その時の歌舞伎町や繁華街の業態がどうなっていたか知る由もない、だが、その彼らがこの事件を今、取材していたりもする。ご遺族の一人が言っていた。「10年前の話を聞かれた。話そうと思ったが、若い記者さんに、じゃぁ、その事がどう正確に伝わるのか自信がない。」と。消防法の強化は数々行われた。だが、歌舞伎町の多くの人が知っている現実は、そのルールの強化が本当に安全確保に『着地』しているか?と言ったら、まだまだだということも。そして、明星56ビル火災の跡地には、今仮設低層の建築物が立ち、当時とは縁もゆかりもない飲食店が営業を行っている。

民事・刑事の各訴訟が終わって以降、この歌舞伎町ビル火災の遺族会は事実上解散、この日集まったのはご遺族有志の方々約10人くらい。振興組合主催の献花台設置は21時まで、現在火災現場では飲食店が営業しているという中、ご迷惑が懸かってはという配慮もあって、現場には献花台を置くことはなく、さりげなく花束と蝋燭を灯す程度ではあるが、亡くなった中村さゆりさんのお母さん、中村すい子さんらをご遺族約10名が火災発生時刻の9月1日am1時が近づくと現場の明星56ビル跡地に集まってきる。「今年は皆でシャボン玉を吹こうかと思って、、」と中村さん。挨拶など交わしながらご遺族といろいろとお話をする、自分にとってはこれがここ数年毎年恒例のこの日この夜の過ごし方。

明星56ビル跡地前で、中村さんらご遺族の方々がシャボン玉を吹いて、亡きさゆりさんら尊い命を犠牲にした方々の魂を偲ぶ。

このブログでもたびたび紹介しているが、以下、亡くなった中村さんの娘さん、さゆりさん(当時23歳)の話を書いておく。

中村さゆり.jpg2001年8月31日から深夜またぎの9月1日午前1時ごろ、ビル3階のゲーム麻雀店「一休」のエレベータ付近から出火。第一通報者はその後の調査により、携帯電話の発信履歴から4階「スーパールーズ」従業員の中村さゆりさん(当時23歳、この火災で死亡)と思われる。中村さゆりさんの遺族(母、すい子さん)によると、遺体は綺麗でやけどの跡はなかったという。被害者のほぼ全員が一酸化炭素による窒息死。写真は亡くなる10日ほど前に足利の自宅にて撮影したさゆりさん。彼女の携帯電話の履歴から、さゆりさんが第一通報者とみられている。1978年生まれ、生きていれば今年で32歳。

さゆりさんの実家は栃木県足利市、家業は建築関係の会社。「渡良瀬川に沈む夕日がとても綺麗で、それを見るのが好きだった。でも、公衆電話なんてないわよ~なんて言ってたわ。」とお母さん。さゆりさんは、市原悦子さんのファンだったそうで、女優になる夢を見て東京に出てきた。TVドラマのエキストラの仕事をしながら、しかし火曜サスペンスの湯煙シリーズかなにかの仕事でヌードになる仕事が入ってきたとき「ヌードはイヤ」と断ってプロダクションを転々としたことも。それでも養成所に通い、少ないギャラのエキストラの仕事で緑山のスタジオなんかにも行っていた。なかなか生活費を稼ぐのが大変で、そのため友人の彼氏が店長をやっているという歌舞伎町の「スパールーズ」でアルバイトを始めたと言う。当時、スーパールーズは歌舞伎町では有名な繁盛店のキャバクラだった。当時、さゆりさんには恋人がいて、「彼氏がいるんなら、結婚したら?」という親の声に「女優として自立するまで結婚は考えてないわ。少なくとも30まではね^^」なんて言っていたそうだ。

スーパールーズを退店、しばらく実家に戻っていたが、店の方からどうしても人が足りないからと請われ、再びスーパールーズに戻る。そして、その直後、2001年9月1日歌舞伎町ビル火災が発生。火災は3F麻雀ゲーム店「一休」のエレベーター付近から爆発音とともに出火、当時3・4Fの間の防火扉は周囲に置かれた酒瓶やモップ、お絞り等が置かれ機能する状態ではなかったため、火災の炎と煙をこの2フロアに一気に広がった。第一報は0:57、4Fのスーパールーズにいた中村さゆりさんからの通報だったと思われる。その後、消防隊が到着するも、建物の屋外階段は一箇所、それもロッカー等が置かれ、これが消防作業の障害になり被害が拡大したといわれている。死者44名(男性32名、女性12名)、負傷者3名。日本で戦後5番目の大惨事となった。さゆりさんのいた4Fには28名の男女がいたが、全員急性の一酸化炭素中毒で亡くなった。

ご遺族にとってどうなのか、44の思い全てに配慮することはできないが、それとは別に、10年を経て、かつてを知らない多くの人たちが歌舞伎町で生きている今、歌舞伎町が、この街で働く人たち、建物を所有し、また管理する人たちに、こういう事があったという事、そして、その記憶をもつ者はその記憶を繋ぎ、せめて、二度とこうした悲惨な事故・事件で命を失わせるようなことがないようにと、毎年同じような内容ではあるが、それでも繰り返し書くことで一つの役割だと思って今年もこの記事を書いておく。


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