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2016年10月2日(日)第35回 歌舞伎町まつりにて東京六大学応援団連盟応援合戦が開催 [イベント]

2016年10月2日(日)第35回 歌舞伎町まつりが開催、シネシティ広場を会場に、東京六大学応援団連盟応援合戦が行われました。今回で15回目となった本年は、法政、明治、東大、立教の4校参加によるステージとなりました。


2016.10.2 第35回歌舞伎町まつり 東京六大学応援団連盟応援合戦 より(完全版 Youtube動画 58'30")

「歌舞伎町まつり」、今回で35回目とのことですが、ちょっとこのイベントの立ち位置を説明しておきたいと思います。

"イベント"と書いたように、まずこれは「祭り」(祭礼・神事=神仏および祖先をまつる行為や儀式)ではありません。ただ、商業イベントというものではなく、ある種の「公共性」を保つ[※べき=区の補助金が入っている、公共空間(シネシティ広場=道路)を使用している]体裁もあって、そこら辺から「まつり」という呼び名になっているようです。
今回35回目(35年目)の開催ということですが、商店街主催の今のスキームで実施されるようになった最初が昭和56年(1981年)、遠く故郷を離れお盆の時期に故郷に戻れない勤労青年のためにの旧盆事業としてはじまったものと聞いています。 現在の歌舞伎町まつり実行委員長である下村はるお氏(現新宿区議会議長)の父(故人)である下村徳治氏が商店街振興組合理事長時期に立ち上げたものです。ようするにお店で働く人たちは、サービス業ですからお盆はむしろ忙しく実家にも帰せない、とりわけ当時の歌舞伎町で働く人には東北・甲信越地方出身者が多...かったそうで、そこで民謡や盆踊りが中心のものとして生まれた「まつり」でした。つい昨年まで歌舞伎町まつりのコンテンツにあった「越王太鼓」(新潟・巻)や民謡連盟の盆踊り大会は、その時代の名残が継承されて残ったものだったようです。
お店で働く人たちが"勤労青年"ではなくなり、また、お盆も帰れないほど忙しかったほどの歌舞伎町でもなくなり、時代変化、街の様相も変わり、イベントの存在意義の漂流感の中での盆踊りや越王太鼓は昨年を最後に中止になりました。一方で、今年で15回目、平成14年(2002年)からはじまった《東京六大学応援団連盟応援合戦》は、当時の振興組合理事長であった小松良司氏が明治大学応援団出身で、歌舞伎町に再び"若い人たちに愛される、遊びに来てもらえる街に"という志で立ち上がったものです。
今年の「歌舞伎町まつり」は、後者の、新しいほうのコンテンツだけが残っての(バトントワリングは六大学イベントコーディネート側とのバーター案件)開催と、少しスリムになったかなというところで、早・慶不参加、はやはり残念でした。
最善の演舞を、参加できない2校の分もと、渾身のステージを見せてくれた六大学4校の応援団、それをさらに喝采で盛り上げてくれた観客の皆様には感謝したいと思います。


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