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7月30日新宿エイサー祭 [祭]

ちょっと前の取材からですが、7月30日におこなわれた新宿エイサー祭から。

 


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新宿エイサーより、その2 [祭]

彼女たちは観光客。左がオーストラリア、右の子はインドから。

ミス沖縄の松田春奈さん。


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9月17・18日は熊野神社祭禮。歌舞伎町睦とほか合計6基の神輿がでます。 [祭]

歌舞伎町のど真ん中にある弁天様で歌舞伎町睦の神輿に霊入れというのに立ち会いました。

本年度の熊野神社祭禮は歌舞伎町町内だけでなく、角筈連合という歌舞伎町を含む周辺五睦による 第八回 連合御神輿巡行が行われる。JR新宿駅を一周する予定で、新宿をおみこしが練り歩く予定です。

明日18日、宮だしが11時~歌舞伎町から靖国通り、その後他の新宿各地の睦と合流しながらクライマックスは午後2時すぎのアルタ前。6基の神輿が並びます。4時以降は歌舞伎町内を江戸前担ぎで練り歩き宮入は午後7時ごろ。

 

 


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9月18日 熊野神社祭禮 [祭]

アルタ前に六基の神輿が並ぶ、真ん中が歌舞伎町睦。

 

 

「おいさ、ちょいさ」と首の後で受け止め、両手を添え腰は折らない。足をチョイチョイ出して進む。千鳥足の如く…の千鳥担ぎが熊野神社流。16時からは歌舞伎町内を「そいや、そいな」のおなじみ江戸前担ぎで。

 

夜になると酒も入ってるせいか江戸前の掛け声で一気にテンションがあがってました。ここらへんがやっぱりこの街らしいところですかね。意外と女の子の担ぎ手が多かったのは驚きました。

 


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10月8日土曜より10日まで 第24回歌舞伎町まつり開催 [祭]

大新宿まつり協賛 第24回歌舞伎町まつりアルバム

主催:歌舞伎町商店街振興組合 歌舞伎町まつり実行委員会 協賛:新宿区

8日(土)

■ぺぺ広場

13:00 物産即売会(新潟県西蒲原郡)

14:30 越王(こしわ)太鼓 (新潟県西蒲原郡巻町)

■シネシティ広場

13:00 新宿区福祉ボランティア団体手作りイベント

14:30 沖縄民謡演奏

15:00 フラダンス(モアナ・ハワイアン・クラブ)

 

15:45 高円寺阿波踊り(菊水連)

 

16:30 越王(こしわ)太鼓 (新潟県西蒲原郡巻町)

 

17:30 現代舞踊・サムルノリ(朝鮮通信使「誠信交隣芸術団」)

 

18:00 高円寺阿波踊り(町内パレード)

  

18:30 民謡大会(新宿民謡連合会)

 

9日(日) ■シネシティ広場

14:00 ヘブン・アーティスト(大道芸)

 ハードパンチャーしんのすけさんのジャグリング

 

 けん玉師 伊藤佑介さん

 

 

この日のMCは慶応大学の加藤枝里子さん。

16:30 阿波踊り(新宿区役所・つつじ連)

新宿区役所の阿波踊りサークル、つつじ連のみなさん。

 

 

着物がきれいだったので1枚。振袖に「しんじゅく」ってのがGOOD!

 

10日(祝) ■シネシティ広場

この日は朝から雨でしたが、小雨のため決行。

15:00 バトントワリング演技(NPO法人日本バトントワリング協会)

子供たちの演技では父兄の方々が最前列、熱いテンションでカメラを構えてました。

歌舞伎町商店街振興組合理事長の町田靖之氏の挨拶、雨の中ご苦労様です。

16:00 東京六大学応援団の歌舞伎町内パレードとバトントワリング実技

PePe前で明治応援団の団旗がやっと風にたなびいたのでパチリ!

 

 

明治大学バトントワリング部のみなさん^^

そして17:00からはいよいよシネシティ広場で東京六大学応援合戦。

 

止まない雨の中、熱い応援合戦を繰りひろげた六大学のみなさん。

  

東京六大学の6本の団旗があがるのは神宮以外ではここ歌舞伎町だけだそうです。

 


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花園神社の酉の市は11月9日と21日、今年は二の酉まで。 [祭]

花園神社の酉の市(大酉祭)をのぞいてきました。酉の市は、大鳥神社の祭神である日本武尊の命日が11月の酉の日であることに由来するようです。商売繁盛の熊手を売る露天商のにぎやかな声は、師走を迎える街に欠かせない風物詩、さていよいよ冬ですね。

 

17年花園神社大酉祭日程

11月8日(火) 前夜祭 夕方~深夜2時くらいまで
    9日(水) 本祭   昼~深夜2時まで
   20日(日) 前夜祭 夕方~深夜2時くらいまで
   21日(月) 本祭   昼~深夜2時まで

 

 

 

毎年60万人の人が酉の市に訪れるとか、その賑わいは浅草のお酉さまとならんで山の手随一だそう。

飾られていた本社神輿。熊手といい神輿といい煌びやか^^。

帰り際にゴールデン街をのぞいてみたが、祭りから流れてくる客の数は思ったよりも少なく、どちらかといえば別世界。やや時間が早かったかなぁ・・


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5月16日 歌舞伎町弁財天祭典と敬老会 [祭]

歌舞伎町1丁目の中心に位置する歌舞伎町弁財公園。ここで、5月16日14時から弁財天祭典と敬老会が行われた。11月23日が敬老の日であるのに対し、毎年ちょうどその半年前後の5月第二巳の日にこの祭事を行っている。歌舞伎町商店街振興組合の重鎮とその奥様方が集まるということで覗いてみた。

 

弁財天の縁起と歌舞伎弁天の由来について

かつて明治の時代には格好の鴨場、つまり池だったというこの歌舞伎町。水の神様、女性の神様、そして商売繁盛の神様である弁財天をここに祀り、長生きの象徴である巳の日に敬老の祭礼を行うという、なんとも縁起がいいというか、しかし歌舞伎町という街柄、ある意味こういった催しものがあるということがちょっとほっとさせるものがある。

 

上野寛永寺住職が来られて、敬老の祭礼が行われた。右の写真は、町田靖之歌舞伎町商店街理事長(左)と峯嶋茂兵衛氏(峯嶋家八代目当主)。鈴木喜兵衛氏が戦後劇場街中心の同義的繁華街を作ろうとしたときに土地を提供しご尽力されたのがかつての尾張屋銀行頭取だった7代目の峯嶋茂兵衛氏。また大地主であった峯嶋家の大番頭だったのが町田理事長のお父上、平三郎氏。

古希(数えで70歳)を迎えられた吉本氏には座布団が進呈された。

活性化プロジェクト・よくしよう委員会の座長を務める片桐専務理事もこの日は裏方に。緒先輩がたを立てて^^;写真は言い寄っているわけではありません。奥様です。

下の写真は集まったみなさんでの集合写真。みなさん、それぞれご高齢な方も多いのですが、元気でした。たしかに、この街で商売をしたりビル経営をされてたりするが、現在この街に住んでいる方はいない。それでも木村副理事長(さくら通りにビルを持っている方)の奥さん曰く「私は歌舞伎町まで毎日きちゃうのよね^^定期も持ってるのよ。」と、この街に対する愛着を語った。ふと思ったのは、この世代の方々は本当に歌舞伎町を愛しているということと、さて、その想いはやがてこの街を引き継ぐであろう次の世代の人たちに受け継がれていくのだろうかという不安。歌舞伎町ルネッサンスに対する意見も決して一枚岩というわけではないし、議論すれば喧々諤々のときもある。しかし良くも悪くも、この街を築き、こよなく愛する人たちが、あまりにも普通の商店街らしい景色に見えて仕方がなかった。

 

 


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新宿東口に沖縄がやってくる!7月29日(土) 新宿エイサーまつり [祭]

新宿エリア最大級のイベント「2006新宿エイサーまつり」(第五回)が7月29日(土)に開催される。毎年約90万人の人手で新宿が埋め尽くされる、新宿と沖縄が融合する祭り「エイサーまつり」は、唯一新宿東口四商店街振興組合合同による主催イベントとして今年で5年目を迎える。

PDF版「2006 新宿エイサーまつり公式プログラム web edition」ダウンロード

 

エイサーとは、歴史と由来。

  • 1603年、琉球王国時代に浄土真宗が伝わり、葬儀や法事でニンブチャー(念仏者)が念仏歌を歌って霊を供養するようになったのが、エイサーの原型といわれている。現在のように芸能化を強めたエイサーが踊られるようになったのは昭和初期以降であるが、とくに1956年に始まった「全島エイサーコンクール」で中部の青年会が中心になって大きく進化した。女性の手踊りが華を添えるようになったのもこの頃から。由来は、在来の「エサオモロ」(14世紀に琉球へ文明を導入したといわれるジャナモイという伝説の英雄をたたえる男性による集団行進曲)に「袋中(たいちゅう)上人」という京都のお坊さんが沖縄で始めた念仏形式の踊りが定着したというのが有力な説で、囃子言葉の「エイサー」からそう呼ばれるようになったといわれている。
  • 沖縄の盆踊りともいえるエイサーは、旧暦の7月15日に舞う念仏踊り。沖縄のお盆は旧暦の7月13日から15日までの3日間。13日のウンケー(お迎え)で先祖の霊を迎え入れ、14日のナカヌヒー(中の日)を経て15日のウークイ(お送り)には存続が集まり先祖を見送る。エイサーは先祖の霊をにぎやかに送るために踊られる。

新宿大通りの街頭フラグも新宿エイサーまつりに。

2006 新宿エイサーまつり 開催概要

  • 開催日:7月29日(土)
  • 会場:新宿大通り、新宿東口中央通り、モア4番街、歌舞伎町シネシティ広場、伊勢丹屋上
  • オープニングセレモニー:13:30~アルタ前 新宿大通り演舞:14:00~17:20(10チーム、各20分) 伊勢丹屋上12:30~12:50(1チーム) 歌舞伎町シネシティ広場:18:05~20:25(6チーム) 東口中央通り:18:30~20:35(6チーム) モア4番街:18:50~21:10(6チーム)
  • 主催:新宿エイサーまつり実行委員会(新宿大通・新宿東口・歌舞伎町・新宿駅前各商店街振興組合)
  • 後援:新宿区、沖縄県、那覇市、財団法人沖縄観光コンベンションビューロー、東京商工会議所新宿支部、財団法人東京観光財団、新宿区観光協会、財団法人新宿文化・国際交流財団
  • 新宿エイサーまつり実行委員会℡03-3209-9291

故・高野吉太郎氏(新宿高野)の声かけによって始まった新宿エイサーまつり、高野氏がお亡くなりになってから第3回目からは平正幸氏(新宿駅前商店街振興組合理事長)に実行委員長をバトンタッチ。その時々の新宿繁華街を最も代表する方が常に委員長という形でやってきたエイサーまつりだが、その平会長が2006年開催直前の7月8日午前0時44分、入院先の慶応病院にて胃癌でお亡くなりになった。

←7月8日に亡くなられた平正幸氏(昨年のエイサーまつりOP時に撮影、昭和14年2月生。67歳)、「僕はねぇ、東西自由通路をなんとしても実現したい。南口の基盤整備とJRのビル建設の件についても、注文していかなくちゃいけないことがある。いまは4商店街振興組合は力をあわせてやっていかないといけない。」と常々語られていたことが印象深い。新宿駅前商店街振興組合は蛭川和勇氏(㈱オカダヤ社長)が理事長代行として就任、また新宿エイサーまつりの実行委員会会長は増田幾太郎氏(前新宿大通商店街振興組合理事長)が代行する。会長代行に就任した増田氏は「偉大なる平さんの代わりは、とうていできませんが、精一杯この祭りを成功させるために努力したい。それこそが、平さんへの最大の供養になるのではないか。」とおっしゃっていた。


新宿エイサーまつり開催時に本部事務局テントや協賛ブース(今年はJCB沖縄市場沖縄宝島にらいが物産・飲料販売などで出店)、また18:50~21:10まで演舞会場ともなるモア4番街は、新宿区による公道上におけるオープンカフェやイベントなど収益事業等を含む社会実験としての場所として活用されている。エイサーまつりを前にしての7月20日(木)から7月23日(日)にかけては2006年FIBAバスケットボール世界選手権(グループラウンド8/19~8/24、ファイナルラウンド8/26~9/3さいたまスーパーアリーナ)のPRイベントが開催されている。FIBA公式のバスケット選手型バルーンが通り両サイドに掲げられ、中央の交差点部分(車屋別館、バーニーズの角)にはストリートバスケコートが設置、日本初のプロストリートボールリーグ「LEGEND(レジェンド)」の選手によるデモンストレーションとして熱い3on3が繰り広げられていた(時間は15:00~17:00)。

 

モア4番街が新宿区の社会実験としてイベント・オープンカフェスペースとして活用されるようになった背景は、ここの委託管理業務として道路補修に関する費用負担を新宿駅前商店街振興組合が担っていることによる。年間4,000万の経費に対し組合負担は年間1,000万(残りは区・都などの補助金)であり、この収入源としてスペースの使用料をあてている。新宿高野の目の前であり、且つバーニーズ・ニューヨークが並ぶ新宿エリアでもわりとブランド色の高いエリアとして価値をもつ為、駅前商店街振興組合事務局に対しても割りと高頻度でモア4番街使用についての問い合わせがくるという。

歌舞伎町とはポテンシャルや、周辺環境が異なりシネシティ広場とモア4番街を比較することは難しいが、同様に公道上での社会実験(または国交省による規制緩和の一環ともいえる)という要素を持っているため、互いに参考になる事例は多い。歌舞伎町から生まれたアイディアが歌舞伎町でなかなかうまくいかなかったが他のエリアで実用化された例であるが、歌舞伎町商店街振興組合においても、たとえばシネシティ広場に関する委託管理業務を区から請負い、組合が相応の負担(たとえば年間1,000万とか2,000万とか)をすることを条件に収益事業を広場で行うことが可能となるといえる。しかし、一方で、歌舞伎町商店街振興組合内部のコンセンサスがなかなか難しいということもあって、これはいずれ広場を含むもう少し広いエリアでの委託管理業務(セキュリティ・清掃などを含む)としてTMO(歌舞伎町タウンマネジメント会社)が担うという構想があり、おそらくその方向に向かうと思われる。

歌舞伎町でなかなかうまくいかなかった理由は、一つは組合内部がまとまらないこともあるが、もう一つはやはり周辺環境によるところが大きい。下の写真のように、夜ともなれば常時40人程度のホームレスの寝床や酒盛りの場所となっている。当然昼間は荷物やダンボールがおかれていたり、あるいは散乱している状態。こういった状態の場所を到底オープンカフェなどにはしにくい。ファーストフード店などに協力を要請したこともあるが実際は、この状態に怯んでしまう。

 

歌舞伎町のホームレスについて、彼らがここにいる理由として生活インフラがあることを以前にも書いたが、ようするに戸籍・住民票売買や偽装結婚などもあるだろうが、極東会系暴力団のしきりでパチンコ店オリエンタルパサージュ(㈱ヤナガワ)のオープン時における回数券ならび、アルミ缶収集、雑誌の露店販売などの生活インフラがあることが、行政の生活支援制度を受け入れようとしない大きな理由にもなっている。性風俗店や案内所のミカジメにも極東会はかなり食い込んでおり、構造的に暴力団の資金源インフラを形成している。

パチンコ店の回数券の並び風景とそれを仕切る極東会系暴力団の姿。

 パサージュ前には閉店時にアルミ缶などが店前に置かれる。また、この第二東亜会館の軒下はホームレスの寝床にもなっている。構造的に、といっておくが四葉会の一角を占める東亜興行がこういった暴力団インフラを提供していることは問題だろう。ちなみに家賃は坪10万程度といわれる。「いくら坪10万だからといってパチンコ店をここにおくのはどうかと思うよ、坪4万でも3万でも他の業態を入れて欲しかった」と語る街の人は多い。しかし、この会社が背に腹は変えられない財政事情にあるというのも事実。(銀行借り入れ額の利子と第二東亜の家賃収入はほぼ同等との情報もあり)行政も組合も圧倒的に否定的だが、一部に競艇の場外(ボートピア)誘致の話はいまだに水面下に存在する。日本財団系のブローカーが東亜興行と接触、地域還元(たかがしれた額ではあるが)をチラつかせ暗躍している。客観的にいえば、大勢が反対であるので絶対ありえないことなんだが、いまだにこの話は時々見え隠れする。地方の公営ギャンブルが軒並み衰退し、それは裾野の崩壊を意味しておりいずれ中央も落ちていくだろうし、またインターネット化によって場外施設の必要性はなくなるだろう。あるいは、場外施設には場外施設に集まる特定の人種の場所へと代わりつつある。南口のウィンズも、場外の顧客は街の客とはまったく違うマーケットであることがはっきりしている。あと2~3年でいろいろ法律も代わるようだが、公営ギャンブルの場外は必要のない時代に向かっているのは明らか。

ついでに最近の客引き動向について

歌舞伎町のキャッチ行為が歌舞伎町の外で行われているという問題。とくに「新宿警察署管内カラオケ業防犯協力会」(裏には歌舞伎町 安心・安全のまちづくり)のタスキをかけたキャッチが新宿大通りからモア4番街にまで進出して客を拾っていることについて、新宿警察署生活安全課のサポートによってキャッチ行為(外販)自主規制の試みであるが、タスキがけをしてから一度として検証のための会合が行われていない。240名の外販が140名ほどに縮小できたからよし、みたいな空気が漂っているが、それがいつのまにかなし崩し的に系列居酒屋がメニューを持って新宿駅前で客引きを行っているという実情を深刻に考えるべき。また、カラオケ業のキャッチはモア2番街には出ない(歌舞伎町側靖国通り沿いを除いて)。そして、モア2番街にはホストとスカウトがあふれている。ホスト・スカウトはともに暴力団のミカジメを払ってのキャッチ行為であり、つまりモア2番街は明らかに暴力団がシマをつくっている。「新宿警察署管内カラオケ業防犯協力会」を立ち上げただけで成果、なんてまさか思ってないでしょうね新宿署。

  

歌舞伎町の課題が、周辺商店街に及ぼす迷惑問題であり、今後駅前商店街との協力でこれらをどう排除するか、現実的に手を打つべきだろう。

アフリカ系外国人の「オッパイパブどう?」のキャッチ行為は主として歌舞伎町セントラルロード、一番街、あずま通りと旧かに道楽周辺。とくに増えたのが一番街のハーゲンダッツ前。職質に廻る歌舞伎町交番の警官たちも外国人の前は通り過ぎていく。一応、彼らは警官の前ではおとなしくしてはいるが・・

  

昨日の歌舞伎町二丁目のホストクラブ「Sea」の店長・店長補佐の逮捕(住吉会系暴力団と関与して、監禁・恐喝行為による)のニュース(東京新聞裏新宿さん)を受けて、歌舞伎町のホスト連中のキャッチの様子を見て廻ったが、こっちも相変わらず・・コマのセントラルロード側は大量に客引きまち。

  

ニュースにもあったが、「警視庁は一部店舗に暴力団関与があるとみられ治安悪化の原因と、ホストクラブの取り締まりを強化する方針」ということで、警視庁組織犯罪対策を中心にいい方向に機能してくれることを期待したい。暴力団関与があるとみられ、とあるが、まず客引き行為をしているホストは100%暴力団にミカジメを払っている。もっともホストクラブと暴力団の関与は非常に複雑で、たとえば店の出店に金を出したのが山口組系(健竜会など)、店のミカジメ・ホスト個人・集金焦げ付きのキリトリとそれぞれに違った住吉系(醍醐など)や山口組系暴力団が関与してたり、さらには個人・組織的に薬物売買に関与してるケースもあり、100%とはいわないが客引き行為も含めて暴力団インフラのオンパレードであるのは事実。

先日、竹花警察庁生活安全局長が「警察も行政も、二年もしたら移動で、それまで腰掛的に仕事をこなせばいいというものがいる。それだから地域の人たちに信頼を得られない。」と自らがおっしゃっていた。いわゆるAローテーションとでもいうか出世コースのラインにのっている官僚的な職員は、じっくり腰をすえてやる必要のある多少リスクがあるような難しい案件をしたがらない傾向を指しているようだが、街の人たちは簡単にはこの場所から逃れられないわけで、切実感がまったく違う。課題山積のこの状況を、パフォーマンスや見え透いたアリバイ作りのような仕事の仕方は、本気で街をよくしようと思っている人たちに失礼でしょう。喜兵衛プロジェクトにしたって、当初の目論見が機能しないから総合調整の場所にするといって落としどころを探してみたものの、環境土木や文化国際、地区計画、商工、企画政策、警察、消防、そして街との全体会議にすべきなのにそうはなっていない、出てきた顔ぶれは相互不可侵みたいな空気じゃどうしようもない。各プロジェクトの総合調整をするという表と実体は区の内部の調整がまったく出来ていないのが見え見え、9月の区議会を経て来年度の予算確定への今が大事なプロセスというのはよくわかるが、それにしても今の状況はよろしくない。それで高々500万程度のコンサル費随意契約にしがみついてるわけのわからない会社だの(裏は書きませんが)、そこにいろんな横槍だの。。あまりに程度が低い。誰かが傷つくかもしれませんが、ちゃんと機能するように誘導させてもらいます。そのつもりです。


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7月29日(土) 新宿エイサーまつり2006(第五回)開催~新宿が沖縄色に染った一日 [祭]

               

             

新宿エイサーまつり2006が7月最終週の土曜日の29日に開催された。九州・四国地方が梅雨明けしたものの関東地方は梅雨があけず天候が心配されたが、なんとか晴れ、やや薄く雲が残ったものの、最高気温34℃、しかし湿度はかなり高かった。

参照:新宿東口に沖縄がやってくる!7月29日(土) 新宿エイサーまつり

この時期、7月26日~31日まで伊勢丹新宿店では大沖縄展を開催しており、時間的には一番最初が伊勢丹屋上での読谷村楚辺青年会となる。

 

今年も2005ミス沖縄の3人が新宿にやってきて沖縄観光PR。

  

左からミス沖縄クリーングリーングレイシャスの小渡敬乃(おどたかの)さん、コバルトブルーの瑞慶覧千佳(ずけらんちか)さん、スカウブルーの徳田秋子(とくだあきこ)さん。

13:30からアルタ前特設ステージにてオープニングセレモニー。新宿エイサーまつり実行委員長でもあった平正幸氏(新宿駅前商店街理事長)が7月8日にお亡くなりになったことで、会長代行として増田幾太郎氏(前新宿大通商店街振興組合理事長)が最初に挨拶、その後中山弘子新宿区長、嘉数昇章沖縄県副知事が挨拶された。「ようこそ新宿エイサーまつりへようこそ。私は祭りと言うのは街の力であると思っています。この祭りは沖縄の力を借りて、新宿駅東口の4つの商店街が力を合わせてこれまで育ててきたおまつりです。新宿はかつて宿場町として生まれ、宿場町は旅人の町、旅人の町は交流の町です。地元の新宿エイサーチームも参加しており、皆さんも見るだけでなく、次は機会があれば参加もしてくれたらうれしいなと思います。今日は新宿が1日沖縄色に染まります。そんな沖縄に染まった新宿を是非楽しんでください。」と中山弘子新宿区長。セレモニー終了後の14時、大会本部のMC合図によって新宿大通り4会場での演舞から始まった。

   

↓左は「琉球國祭り太鼓」による空手の型を取り入れた演舞のシーン、踊り手は大太鼓。右は、新宿エイサーチームの大太鼓。初めてエイサーを踊る人が半分以上という、まだまだ素人集団ですという割りにナカナカ^^!個人的にもお気に入りのチームです、ホント。

 

パーランクー(片面張りの小太鼓)や空手の型踊りをする子供。今年のエイサーは小さい子供が目立った。最高気温34℃、湿度もかなり高かったこともあって熱中症が心配されたが、案の定5名(観客も含めて)救急のお世話になったと聞いた。

 


歌舞伎町では18時からシネシティ広場にて演舞、町田靖之氏(歌舞伎町商店街振興組合理事長)の挨拶からスタート。歌舞伎町にとってはここからが本番、とはいうものの、みなさん昼ごろから駅前ですでにいろんな形でまつりをフォローしてるわけで、最初からテンション上げてるとこの頃にはけっこう足腰にキてたりする・・^^;自分も昨年は前半飛ばしすぎてスチールのバッテリーやメディアが足りなくなってしまった・・・なので今年は残量も体力もコントロールしながら夜の歌舞伎町での演舞に。

  

 

  

   

祭りの締めくくりは、モア4番街での「琉球國祭り太鼓」による演舞。「琉球國祭り太鼓」は“魅せる”ことを重視した創作エイサーの団体。伝統的な古典曲に加えロックやポップスを使用したりと、常に新しい演出を挑戦している。↓

 

今年目だったのは子供が多かったことと、もう一つは演舞の最後に観客を巻き込んでの手踊り、大カチャーシーをする団体が多かった(↑右はモア4番街を埋め尽くす、思い思いに踊る観客)。「祭り」は見るものではなく参加して楽しむ、これが一番かと^^新宿駅周辺における最大のイベントの一つがこのエイサーまつり、そしてもう一つが9月中旬に行われる熊野神社例大祭という感じかな。「まつり」である以上、クオリティ云々をあまり言うものではないかもしれないが、それでも敢えて言うとすれば、可能であれば一週間前とかもしくは3日前くらいからでもモア4番街やシネシティ広場で沖縄音楽祭とか屋台村なんかを出してジワジワ盛り上げる演出があったらと、つまり事前PRの部分が今後の課題ということかもしれない。しかし、毎年諸事情あって開催が危ぶまれるという実情もあったりと、なかなか難しい部分もあるにはある。

この日、新宿ステーションスクエアでは「ハドソンキャラバン2006」というゲームのPRイベントが同時開催されていた。エイサーまつりのオープニングセレモニーと同時刻、方や区長から沖縄県副知事、新宿東口各商店街振興組合理事長が列席・挨拶をする一方で、それとはまったく関係のないイベントがステーションスクエアで行われMCがしゃべっていたという構図。これを見て、あまりに不自然と思った人も多いのではないか。まして、昨年はエイサーまつりのオープニングセレモニーはステーションスクエアで行われていたわけで。。。

これは、永い時間、新宿駅東口の各商店街とJRの関係が決して良好とはいえない実体を示す実例といってよいと思う。JRは現在、南口基盤整備事業として甲州街道の跨戦橋掛替工事から始まり南口人工地盤の建設に伴って容積率を大幅に拡げての駅ビル建設(平成27年度)までの含みを持つ計画を粛々と進行させている。地元商店街にしてみると、このステーションビルの建設をよしとしつつも、いかにJR側が公共貢献としての具体的プランを提示するのか、また地元商店街と競合するようなテナント誘致を避けたいという思惑などが交錯し、JRや国交省に対する地元商店街の風当たりは強い。もう一つ、新宿駅地下の東西口を改札を通らずに自由に往来できる、いわゆる「東西自由通路」の問題。これは25年かけて協議してきていまだに決着していない。地元商店街としては幅25mの東西自由通路建設について一度まとまったのだが、これについてJR側から幅40m案が提示され事態は急変している。つまり地元商店街からみて「東西自由通路の幅を40mにしたいJRの思惑は駅地下施設を念頭においているからではないか?」という疑心暗鬼を与え、仮に新宿駅構内にすべて完結できるショッピングアーケードや飲食街ができては地元商店街としては大ダメージになるという思惑から40m案に反対する人が多い。しかし、JRから駅地下施設についてのプランが地元に提示されたわけではなく、実際はお互いの憶測の中で反対しているような空気がある。

個人的な取材活動の中で得た情報から考えて、ルミネエストは後数年(7年くらいか?)で建て替えの話が出てくると思われる。また、以前にも書いたことがあるが、東北新幹線の新宿駅誘致計画(地下駅)というのが水面下にある可能性も考えられる(すでに引き込み用の地下トンネルはあるという情報もある)。したがって、これらを長期ビジョンの上での条件と仮定すると、40mの東西自由通路は建て替えられるルミネエストの容積率にメリットを与え、将来的に新宿駅周辺のポテンシャルを底上げすることにつながると考えてもいいと思える。しかし、おそらくこういった予測が仮に当たっていたとしても、JR側は計画をギリギリまで伏せ続けるかもしれない。そして、こういったビジョンを示さずに、しかし国交省と結託して人工地盤を引けばいつでも容積率を拡大できるJRは、開発コスト面で民間とは比較にならない有利さを持っている、では開発を仮によしとした場合、ビジョンを見せずに地元に対する公共貢献をどういう具体的なプランを示すかが問題となる。これから地域の要望で、たとえば駐車場や駐輪場、バイク駐車場のそれなりの容量のある設備の付帯という案がJR側に提示された場合JRはどういう出方をするのか。「地下駐車場の整備は、車一台につき約3,000万のコストがかかる。民間の事業には付帯義務が課せられ、大きな足かせにもなっている。そういうところをJRが引き受けてくれてもいいのではないか?」と語る地元事業者の声もある。にもかかわらず南口基盤整備事業では、地元の要望に関わらず駐車場整備はたった20台分となった。これは「JR側が、数字的に駐車場は必要ないというデータを提示してきたことでそうなったのだが、そもそもJRに便宜を図って国交省が提示してきたデータの信憑性を疑う声は多い」という話もある。疑えばきりはないのだが、こうして相互の信頼関係が失われた地元vsJR東日本の構図は非常に根が深い。エイサー当日のステーションスクエアでのまったく別のイベント開催の景色をみて、「なんでこんなことが起きるのか」と疑問をもった方に、あくまで自分の個人的な分析として書いた。


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9月17日(日) 新宿十二社熊野神社例大祭 [祭]

9月17日(日)、新宿総鎮守(氏子範囲:西新宿、新宿駅周辺、歌舞伎町一丁目)十二社熊野神社例大祭において、今年は三年に一度の本社神輿渡御が行われた。

昨年の熊野神社例大祭では角筈連合の6基の神輿がでたが、角筈連合と本社神輿渡御は一年ちがいでそれぞれ3年おきに実施。

十二社熊野神社、境内に本社神輿の一ノ宮と二ノ宮が並ぶ。

歌舞伎町には、三つの氏子があり、四季の路以北のゴールデン街エリアが花園神社、歌舞伎町二丁目が鬼王神社(9月18日に例大祭)、そしてゴールデン街を除く歌舞伎町一丁目(歌舞伎町睦)が熊野神社になる。

 

歌舞伎町睦役員の面々(↑左)、と役員方が最もオソレる奥様方の水曜会(右)。

  

 

こうした祭りにおける神輿の担ぎ手は、とくに都内では年々減っている。多くは祭りを継続していくために「神輿サークル」やいわゆるお祭りやに頼らざるをえないケースも多い。しかし、これはとくに繁華街においては暴力団の「縄張りの誇示」に使われる場合も多い。歌舞伎町一丁目の睦にしても、つまるところ歌舞伎町商店街振興組合の役員によって構成されているわけで、つまりこれだけでは担ぎ手は足りない。そこで、以前から歌舞伎町の町内事業者やテナントなどに声をかけ、申し込みを受け付け、一切の暴力団員を祭りから排除してきている。意外なことであるが、今回熊野神社の多くの睦の中でも歌舞伎町の睦が極めてカタギというか素人というか、まぁフツーの人たちだけで構成されているのが際立つ。

そんなわけで、歌舞伎町睦の担ぎ手は初めて千鳥足で担ぐという人たちも多い。三社などのいわゆる江戸前担ぎは呼吸こそ合わせなくてはいけないが、ある程度ノリやイナセが魅力だと思うが、熊野神社の場合は千鳥担ぎ。「おいさ、ちょいさ」と首の後で受け止め、両手を添え腰は折らない。足をチョイチョイ出して進む。千鳥足の如く…、これが結構難しい。慣れていないと足がもつれたり前が沈んでしまったり。神輿を末広がり風に支えるのでうまく決まるとこれが粋で品があり、且つ非常に格好いい。本社の神輿が歌舞伎町に入るまで、歌舞伎町睦は自分達の神輿を担いでいるのだが、それを担ぐ前に副渡御長の仲宗根さん(新宿氷業社長、氷彫刻祭りの実行委員長)が掛け声を掛けてステップのレッスン^^。ここで、ある程度つかんでおかないと、本社の神輿はかなり大きく重いので崩れかねない^^;

・・・という具合。

↓雨が本格的に降り出した午後三時過ぎ、いよいよ歌舞伎町に熊野の本社神輿二基がセントラルロードから入ってきた。歌舞伎町神輿が横4列(えび通りを通る為それ以上幅を広げられない)であるのに対し、本社は横6列。約60~70人で担ぐ。↓エンジ色の半纏が歌舞伎町睦、歌舞伎町内は一宮を、区役所前あたりから新宿駅前までは二の宮を担ぐ。

 

夜の部は18時から、雨は本降りの中、しかしここからは歌舞伎町神輿を江戸前担ぎで一気にテンションアップ。

 

 

↑歌舞伎町神輿は弁財天(歌舞伎町公園)に宮入で終了、オツカレサマでした。


  

↑左端は渡御長の佐藤清さん、真ん中は消防団の木村団長と東亜興行の川口さん。

↓左端は、十二社で新宿東口商店街振興組合の安田理事長と娘さん。

  

昭和40年代頃までは歌舞伎町には多くの人が住んでいた。隣近所もお互い世代を重ねて知り合い関係にあったころと比較すると、今はこの街に住む人はほとんどいない。また、隣同士、ご近所の関係も希薄になってしまった。これが、結局暴力団関係、あるいは違法行為の幇助、ごみ問題にしても、さまざまな不法な行為なんかを許してしまったのかもしれない。業種・国籍・出身などの隔たり無く近所・お隣さんがお互い知ってるという関係が再構築できれば、いくつかの問題が解決していくのではないか、そんな想いもあって「祭り」の意味が、今こそ大事になっていく、そんな気がしている。もっともっと多くの街の人たちが歌舞伎町の祭りに気兼ねなく参加し楽しめる、そんな環境をつくっていくというのも民間にしかできない「歌舞伎町再生」のあり方かもしれないと感じた。


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